第四候 土脉潤起(つちのしょううるおいおこる)

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第四候 土脉潤起(つちのしょううるおいおこる)

*清花=中学3年生前、舜一郎=大学2年生前 雨というのはやっぱり好きになれない。着物も足元も汚れてしまうし、外出中はそればっかり気になってしまう。その上寒い。今日は気分が晴れるように黄緑色と若葉色の菜の花色の幾何学模様の着物を選んだが、雨の寒さには敵わなかった。 「雨が降ると寒いな」 やっとのことで映画フロアに入った時、舜一郎が言った。外の雨は本降りで声をかき消しそうな勢いだ。 「そうですわね。雨が降ると冷えて冬に逆戻りしたかと思ってしまいますわ。それに……」 「それに?」 舜一郎が聞き返した。眼鏡の奥の眼が清花を食い入るように見つめて来るので心臓がばくばくと大きな音を立て始めた。 「し、舜一郎さん近いですわ……」 「声がよく聞こえないんだよ。雨のせいだ」 しまいには身体がぴたりとくっついてしまった。着物越しに舜一郎の体温が伝わってますますドキドキしてきた。 「……やっぱり春は来ているよ清」 「えっ?」 いきなりどうしたのだろう。清花は首を傾げた。 「本当に寒いなら清の身体は冷えているはずだ。けれど今の清は暖かい。そうだろう?」 「えっ……そ、それは違いますわ。それは舜一郎さんが近いから……」 「そうか、じゃあ離れるか」 そう言うと舜一郎はぱっと離れてそっぽを向いてしまった。清花は悲しくなった。彼を拒絶したわけじゃないのに誤解させてしまった。 「し、舜一郎さん、こちらを向いて下さいまし……」 縋る気持ちでそう言うと舜一郎がこちらを向いた。「仕方がない」と言う表情だ。 「すまない清。意地悪し過ぎたな」 「誤解させてごめんなさい」 「もっとこっちに来いよ」 舜一郎が手招きした。従順に側に来ると舜一郎の腕が回って清花を引き寄せた。身体と身体が密着した。舜一郎の方を向くとすぐ近くに舜一郎の眼鏡があった。その眼鏡はだんだん大きくなった。 清花は口元を手で覆った。 「舜一郎さん……」 「全部春の雨のせいだ」とそっぽを向いた舜一郎が言った。
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