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深夜、凍りつくような寒さの森の中。
時折聞こえる鳥の鳴く声が、不気味にこだまして響き渡る。
その深い闇に混じって、わずかなランプの光を手に足を進めた。
勝手知ったる森の中。実は結構夜目も効く。
そして今日は満月の夜だ。
目当ての場所に近づいていくと、微かな明かりが対岸に灯っているのが見えた。
「……カナ、かい?」
「スーリ! 待っていたのよ」
目の前には、漆黒を思わせるほど深い奈落の谷。
その底に流れる川は、冬でも一部は凍らない。
この断崖絶壁の谷間を渡る、唯一の橋は。
ついひと月前に、一夜のうちに燃え尽きて谷底へと落ちていった。
谷を挟んで隣り合う2つの人里、ミウズミ自治区とマヤマヤ村をつなぐ唯一の絆。
ーーーこの世界の外には、広い世界があるという。
でも僕は、生まれてこのかた一度もこの狭い世界から出たことがない。
多分、きっと、それは、一生。
マヤマヤ村は山での狩猟で得た獣を、ミウズミ自治区は隣接する湖で採れた魚を、お互いに交換してやり取りする事で豊かな食文化を得てきた。
けれど、人間は欲深い。
すぐ隣に己の得られない宝の山があるように思えて、交換比率や回数、物資の量を巡っていつも争いが絶えなかった。
「隣の芝は青い」とはよく言ったものだと思う。
---それほどに、谷を挟んで隣り合った2つの里の距離は、近くて遠かったのだ。
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