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「オレ、トイレー」
よろよろと春真が立ち上がろうとしてる。
おいおい、足元危なっかしいな。
「オレも行こうか」「僕も付き添おうか」
え?ハモった?
思わず網代を見ると向こうも面白そうにオレを見てる。
「いや、おかしいでしょー。
大人三人で連れションとかぁ」
酔ってるくせに変なとこでいつも通りな、お前は。
「じゃあ一人で行ってきな」
「んー」
「日永さんはお酒が入ると真面目な印象が薄れて、途端に愛らしくなるね」
それオレに言ったの?
オレしか居ないからそうだよね。
にしても、いきなり愛らしい?
探り入れてくるなあ。
面倒くさいからもう単刀直入に訊くよ。
「あいつ、網代さんの好みなんですか」
「ん?ふふふ。観月さんは──日永さんとはただの友人かな。それとも、ただならぬ友人?」
はぐらかすよねぇ。
ホントオレに似てて嫌になるな。
「面白いこと訊きますね。あなたにはそう見えちゃったんですか」
「そうだなあ。少なくとも君たちは恋人同士ではないよね。だけど、単なる友人以上だ」
「飲みの席に呼ばれただけで、それは飛躍しすぎじゃないですか?」
「観月さんがそう言うなら僕にも付け入る隙がある、ということだね」
あー。判ってた。判ってたけど確定かあ。
よりによって対戦相手は同属性ねー。
やりづらいなあ。
「そりゃもちろんオレのだなんて言いませんよ。でも──特別な友人には変わりないんで、信用できない人間に任せたいとは思えない、ですかねー」
「あはは。素直じゃない、若いね。でも、あんまり意地を張らない方がいいと思うけどな」
「心当たりありませんけど──
どういう意味っすか」
「教えてあげないよ。
僕らはライバルみたいだからね」
ちょっと春真ぁ。なんでお前こんな、ややこしい奴に目つけられてんだよ。年季で負けてる分オレちょっと不利なんだけど。
オレも嫌味な喋り方してやってんのに、このひと平気な顔で食い下がるじゃん。同世代ならとっくにカッとなってるよ。全然ダメージ入ってないでしょこれ。
「まあでも君が友情だか親愛だかの上に胡座を掻くつもりなら、僕にとっては有り難いよ」
ああ結局アドバイスしちゃった。僕も甘いな──そんなふうに嘯く顔が憎々しい。
無視するのが一番良い。だけど何も知らないこいつに言わせっぱなしも気に食わないよね。
「オレには関係ないですね。
でも春真はどうですかね。
網代さんの一人相撲じゃないんですか」
春真はずっとオレに恋してるの。
今は収穫待ちの大事な時期なんだよ。
変な横槍を入れられたくないんだよね。
「うーん。君がそんな考えなら……僕は本当に日永さんを攫ってあげた方が彼の為かもしれないな」
しまった余計なこと言った──?
オレの方が感情的にさせられてる。
自分には春真が欲しがっている愛情を充分に与えてやれる自信も余裕もある、そう言ってんだよね。オレが出来ないのを見抜いて。
うっかり口を滑らされるし、
舌戦じゃオレ勝てないかも。
網代は危険すぎる。
春真連れて早く帰った方がいいよこれ。
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