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考太郎はもはや必然と他界した母親同様、一日の多くの時間を労働に供する道を歩むこととなった。
そんな考太郎が先程の上司の言葉を前に思考の中にいる。
「当たり前が当たり前じゃないのが当たり前なんだよ」
在庫を切らしている商品に注文が入り、新たな納期を客に伝えようとした考太郎を上司が制したのである。
返品で戻ってきた開封済みの商品を新品として納入しろというのが上司の指示である。
それならば客に新品ではないことの説明をし、場合によっては価格交渉を受け入れるというのが当たり前ではないのかと考太郎は上司に確認した。
「そんな面倒なことやってられるか、黙ってりゃ良いんだよ」
自分たちがこれまで造り上げた社会のしきたりを若造に教え込むかのような態度で考太郎の前に立ちはだかったのだった。
嵐の日に建物の内側から窓の外を時折眺めるかのように先輩社員たちは、ある者は不思議な笑みを浮かべ、ある者はため息をつきながら、おのおのの仕事を続けている。
考太郎は頭の中で先程の上司の言葉を帰納法に照らし合わせ思考を巡らせてみた。
上司が独自の「当たり前論」を堂々と声高に謳っている。
会社に認められてそれなりの役職として上司は務めている。
あの先輩もこの先輩も異論を一切唱えてはいない。
帰納法による思考は、自分自身が考える当たり前がこの会社の当たり前ではない可能性が高いという考察を考太郎にもたらした。
同時に考太郎の頭の中では、自身の当たり前の妥当性についての再検証に入っていた。
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