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「当たり前が当たり前じゃないのが当たり前なんだよ」 今年、高校を卒業したばかりの考太郎(こうたろう)は上司を前に思考の中にいた。 眠りから覚める今朝のベッドで、間違ってとなりの扉を開けて目覚めてしまったのだろうかと思うほど、これが現実の出来事のように思えないでいた。 産まれた頃にはすでに父親は他界し、母親と二人の生活を過ごしてきた。 考太郎にとって小学校や中学校の勉強は推理ゲームをしているように楽しく、定期試験はいわば公式戦のような感覚で臨んでいた。 テストで出される問題の意図を客観的な視点で推測し、論理的に考えを巡らせ、解決へと導いていく。 日々の勉強が鍛錬のごとく積み重なるにつれて、初めて出会う難問という強敵たちを正解へと導けるようになる手応えに自らの成長を感じ、楽しくて(たま)らなかった。 (おの)ずと学校の成績は良く、私立の高校が授業料も全て負担するという条件で入学を勧めてきた。 考太郎が高校卒業を間近に控えた頃、一日のほとんどの時間を労働に費やしてきた母親が他界し、とうとうひとりぼっちになってしまった。 突然のことに驚いたが、すぐにいつもの静かな考太郎に戻っていた。 人はいつか死ぬ、母親は人である、よって母親もいつか死ぬ。 演繹(えんえき)法に裏打ちされた論理的な解釈が平然と考太郎の中で流れていたのである。 赤子がある種の音階を耳にすると突然泣き止むのをやめるように、考太郎にとっては論理的な解釈がある種の音階なのである。
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