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ぼくが庭付き一戸建てをもつことになったのは、全く偶然だった。
ぼくと母親は茨城県に住んでいる。昔からの住宅地で、小さいストアーがあり、地域病院もバス一本でいかれるところから、母はその土地が気に入っている。近所におなじみになった知り合いがたくさんいて、気楽なのだそうだ。
父はどうしたかといえば、実は行方不明なのだ。父がいずこともなく出ていったのはぼくが高校進学の年だった。母がいうには、
「あの人は自由奔放だから」と、まったくこだわることもなく慌てもしなかった。
捜索願は出し、探すそぶりはするものの、執着もせず淡々とすごし、七年消息不明だったことで、既に死亡しているとみなされ離婚が成立したのだった。
そして、先々月父の長姉が亡くなったのだが家屋を相続する人がぼくしかいなかったのだ。
父の兄弟は、姉が二人と父という三人姉弟であった。真ん中の姉は四十代で病死していて、一番上の姉は独身を貫いたこと、相祖父母もすでに他界していたことから、こういう顛末になったのだ。
突如舞い込んできた遺産相続という、うまい話である。
いや、うまい話しにはからくりがあるかもしれない。
なにしろ土地付きの中古の木造家屋、これは何かと問題がありそうだった。
固定資産税の問題もあるし。家屋の維持にはお金がかかる。近隣の住民との付き合いもあるだろう。
なによりも、一番のネックは 虫とか、害虫とか、多足類とか、だ。
なにを隠そうぼくは世の中にあるものの中で一番虫が苦手なのだ。
中古住宅であればすきまから虫の侵入があるに決まっている。げじげじとか、ヤスデとか、カツオブシ虫とか、膨大な数のダニとか。
金よりも交際よりも、虫だけがこわくて、悩みぬいた。
始めは断ろうと思った。
しかし、しばらく考え、翻したのは、伯母の家がある沿線上にぼくの職場があったからだった
ぼくがS市役所の非常勤職員となって1年少し。いままでは乗り換えを2回して痛勤していた。そこに住めば電車一本で通勤が出来るし、かつ、家賃も払わなくてよいわけで、時給1200円で働く身分にしては非常に好都合な話であった。
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