第1章

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第1章

「あ、あのさ。りょうちゃん、ちょっといいかな」  黒縁のぶあつい眼鏡に、絡まった毛玉みたいなぼさぼさの黒髪、いかにも冴えない風貌の本条冬馬(ほんじょうとうま)が、教室の片隅で、クラスメイトと別れを惜しむ俺に近づいてきた。 「ああ、悪い! 冬馬。ちょっと待ってて」  ちょうど俺は、3年間ともに陸上部で頑張ってきた唯助(ゆうすけ)と大げさに抱き合い、別れを惜しんでいた。周りの女子にもウケてるぞ。やったー! 唯助は俺とは違って頭がいいから、進学校に行くのが決まっていた。俺はというと、偏差値50以下ののんびりした高校に、冬馬と一緒に通うことになっていた。 「あ、ごめん。ごめんね。じゃあ、廊下で待ってるから」 顔の半分近くをおおっている前髪の下で、ちょっぴり笑って、冬馬は、俺たちの視線から逃げるように去っていった。 「なんだかなぁ。……最後までとっつきにくい奴だなぁ、あいつ」 唯助がポツリと言うのに、よせよと肩を叩いた。 「あいつはいいやつなんだよ。お前もちょっと一緒にいればわかるよ」 「おっ、なんだぁ。やけに庇うなー。まさか恋か?」 「ばっか、そんなんじゃねーよ! それにお前も知ってんだろ? 俺は将来、声優の柴咲つぐみと結婚すんだよっ!」 「わかったわかった」 「じゃあな、唯助。また連絡する!」 「えー。涼太(りょうた)! カラオケ行かねーのかよォ」 「わるい、今度な!」 片手をあげて唯助に軽く頭を下げると、廊下で待ってる冬馬の所へと向かう。 冬馬は、小学校の頃から、俺の半歩後ろをオドオドしながらついてくる、草食動物そのものみたいなやつだった。ここがサバンナなら真っ先に死んでるよな。 今じゃ俺より20センチも高いのに、猫背だからあまり意味が無い。もうすぐ高校なのに160しかない俺としては、羨ましいことこの上ないんだけども。
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