放免祝い 1

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 山手町の雑居ビルとなると、おそらくスナックだろう。襲撃場所がスナックなら、襲われたのはそれなりに年上の連中も混ざっているはずだ。今頃、地元じゃ上から下まで戦々恐々と、  悠平の思考を断ち切ってくれる電子音が部屋に響いた。ぴりりぴりり、と神経を刺激する音にすぐさま反応する。五コール以内に電話を取らないとバイト先のオーナーにブチ切れられる。  〝燈理(あかり)〟  ディスプレイを見て、高まった緊張がほぐれていく。 『あかりだよー、駅に着いたー』  まだまだあどけない声しか出せない妹が、ニュースから溢れ出た陰惨な雰囲気を洗い流してくれる。 「今すぐ迎えに行く。怖いことなかったか」 『だいじょうぶ。じゃ、まってるね』 「あ、おい、電気街口改札を出て右な。でんき、がい、ぐち。駅員に行き方教えてもらえ」 『もー、わかってるよ、いまそこにいる!』  切。  生意気なやつめ。  秋葉原電気街口までなら五分で着く。電車を降りたときにホームから電話をくれればちょうど良いのに、来るときにそう伝えていたはずなのに、大人ぶった燈理はこっちの段取りなんて無視して勝手に改札を通ってしまう。  かつての炭鉱以来なんの産業も生まれていないド田舎から出てきた妹を、秋葉原の人混みのなかで立たせておくのは心配だ。よもやナンパなどされまいが、警戒心が薄く人懐っこい燈理は誰にでもほいほいと付いて行くはずだ。しかも自分のことを大人だと思い込んでいるフシがある。  悠平はさっさとコンバースに足をつっこみ、部屋を出た。  直射日光を浴びた途端に、肌を焼く感触があった。あまりにも暴力的な夏の日差しに、炎天下で待つ妹を思い、小走りでパソコンパーツの並べられた路地を抜けた。  飲食店の呼び込み、アンケートと称するキャッチセールス、同じアイドルを好きなファンたち、宗教的な勧誘や募金活動、そして駅から吐き出されたり吸い込まれたりする利用者。電気街口の広場には酔うほどの人がいる。  のに、  当の燈理は夏の暑さなんて気にも留めない子どもらしさで、直射日光のなか電気街口前の広場を楽しんでいた。 「おい、燈理っ」
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