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歌手志望の女の子を囲む小さな人垣に加わって、物知り顔でふんふんとしていた小学生はくるりと振り向いて快活な笑顔を向けてきた。
「おにいちゃん!」
いまどき見かけないような白のワンピースに麦わら帽子、夏の少女という幻想にとり憑かれたような組み合わせ。田舎町の少女と言われれば都会人ならピンと来るかもしれないが、実際に見かけることはまあないと思う。田舎の女子小学生といえばショッキングピンクのTシャツだろう。やっぱり。
「お出かけ用か」
「榊原先生に買ってもらったの。東京にはこういう格好じゃないとおかしいって」
そう言って周囲を見渡すが、同年代の女の子は秋葉原など歩いていない。大人になったってそんな格好はしない。
とはいっても、施設で燈理の面倒をみてくれている榊原という先生は、もう古希を迎えようかという品の良いおばあさんだ。妹のためにそこまでしてくれたことが素直に嬉しい。
「似合ってる?」
「ああ」
あいまいに頷いて悠平は顎をしゃくった。
「とりあえずウチいくぞ」
千代田区、特に外神田から内神田にかけて、駅で言えば秋葉原から神田界隈に住宅はそう多くない。オフィスビルと飲食店で構成された街に、古くから残る一軒家と鉄筋コンクリートのマンションが点在している。
秋葉原だって駅前は新都心もかくやという大きなビルが視界を塞いでいるが、どこの信号でもひとつ渡って裏に入ればビックリするぐらい古い建物がひしめき合っている。
東京都内でもかなり上等なエリアに分類される千代田区で、秋葉原がバブルの波にさらわれず地上げの難を逃れたのは、電気街口前にあるビルのオーナーがかつてこの界隈の守護神だったからだと聞いたことがある。
「ねー、あれ食べていこうよ」
すでに秋葉原のソウルフードに成りかけているケバブ屋を指さして燈理は言う。
「小学生の買い食いは禁じられているんだ。大人になったら死ぬほど食べろ」
肉がローストされるうまそうな匂いが立ち籠めている。ナイフでこそぎ落とされる肉を見ているとたしかにもの凄い吸引力を感じる。
「いま夏休みだし、秋葉原めいぶつー」
「違う。トルコ料理だ」
昼ご飯にしては遅すぎだし、夜ご飯の算段はもうつけてある。
「今度買ってやるから今日は我慢だ」
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