10人が本棚に入れています
本棚に追加
ちえー、と口を尖らせるものの、すぐに機嫌を取り戻して身をも軽くする。テレビのなかの風景に自分が立っているという事実がすこぶる気分を良くさせるようだ。
「ここ?」
スキップしながら鼻歌を奏でていた燈理は、その雑居ビルを見上げると口をぽかんと開けた。どでかい眼に散らしていた星々は瞬く間に色褪せる。
一階にはカレーとナンがオススメのネパール料理屋が入り、二階にはギラギラと装飾された看板がやたらと目につく「カフェバー・マテバ」がある。看板の大部分にはアニメのキャラクターのような女の子たちが描かれ、こちらを向いてやさしく微笑んでいる。
最近の十二歳を舐めてはいけない。
アニメ絵が描かれていたって、ここが子どものテーマパークでないことは敏感に察知するし、晒されたビルの素肌から結構な築年数が経過しているくらいのことは判断がつく。
胡散臭さは相当なものだ。
「ここの四階な」
かまっていても仕方がないので、悠平は袖にある階段を上っていく。鉄骨と鉄筋と鉄板でできた階段は赤茶けたペンキに塗られている。それもまた雰囲気を悪くしている要因だ。
「ビル、三階しかなかったけど……」
三階は二階のカフェバー運営会社が事務所に使っている。ちょうど三階の玄関前を通り過ぎ、さらに続く階段を示してやった。
「あるんだ、その上が」
燈理は悠平にぴったりとついてきてTシャツの裾を握った。そんなに怖がらなくても良いだろうと思う。兄がそんなに信用ならないのか。
階段はそこを上ると終わりになっていて、両手を広げた程度の踊り場に屋上へ出るための金属扉がついている。これがなかなか重い上に、油が切れているのか「キィ」と嫌な音がする。
開けると、
「わあ、屋上だ」
学校のように緑色の防水が施されているが、年季の入りようは尋常じゃない。剥げたりくすんたり埃がたまったりして、都市迷彩のごとく複雑な色合いを天に晒している。
「あれがお部屋なの?」
一歩足を踏み出しただけで重力が増したような錯覚を覚える。二歩も進めば鈍器で殴られたような衝撃を確かに感じる。東京の太陽はおかしい。自分たちは熱線兵器をそうと知らず有り難がっているんじゃなかろうか。
「あれがお部屋だ」
指さした一画に、ペントハウスと呼ぶのはおこがましい風情の部屋がある。屋上に部屋があるメリットなど皆無で、デメリットはそれ以外の全部だと思う。
最初のコメントを投稿しよう!