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「すごーい。お庭つきだねー」
悠平も夏が来るまではそう思ったし、前の住人も同様だと思われる。喜んでいられるのも最初の七月を迎えるまでだ。
どうやらかつてはビルの持ち主が事務所として使っていたようだが、今は貸し出されている。
「すずしーい」
部屋を開けてやると燈理が飛び込んで両手を広げた。エアコンを稼働させっぱなしにしている優しさをもっと噛みしめて欲しい。
「荷物はそこらに置いとけよ。帰るときに忘れ物しないように一箇所にまとめとくんだぞ」
燈理は無頓着にリュックを足元に落とす。
「ねーねー、あれはなに」
あれ、とは部屋を入ってすぐ左手の隅に設置されている棺桶より少し大きいくらいの箱型の構造物を立てたもので、
「シャワーだな」
「お風呂は?」
「ない」
えっ、というわかりやすい顔をして燈理は固まる。
「……ガラス張りだよ」
後付けできる簡易シャワー室をオーナーがどこかから貰ってきた。それに給排水の工事をして使っている。安っぽいラブホテルのようだと言われれば否定はできない。これはしようがないことだ、と悠平は口をへの字に曲げた。
「ハダカ丸見えだよ」
子どものくせにややこしいこと考えるようになったものだ。
「シャワーを出せばなかが曇るから見えない」
「脱衣所は」
「いるか?」
「いるよ!」
「あとでカーテンつけてやる」
「そういえば台所もないよ」
部屋は十五畳ほどの長方形で、ものを出してしまえば余計な出っ張りなどなにもない。
「台所はなくても問題ない」
「トイレは」
「そこ」シャワー手前の切り込みに視線を向ける。
外から見ると少し出っ張っているところがトイレと給湯室だ。
大人ぶってしかめっ面をした燈理は色々言いたそうにしていたが、その言葉が発せられる前に、悠平が先に結論してしまう。
「大学を卒業するまでの仮初めの宿だ。こんな都心に安い家賃で住むにはなにかを犠牲にしなきゃならない。直塚とは土地の値段が違うんだ」
ここまで言えば小学生にもわかるだろう。寝る場所さえあればどうにでもなるんだ。
「でも……部屋も散らかってるし。あれ女の人の服でしょ。なんであんなにいっぱい」
壁際に設置してある衣装ラックにはメイド服をはじめ、コスプレよろしく様々な衣装がかけられている。
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