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「部屋はこれでも片付けたんだ。あの衣装はいろいろな事情があるんだ。大人の事情だ」
さっきまで親しみを持っていた妹の顔はみるみる曇って、胡散臭そうな視線を投げてくるようになった。誤解だ。
そのとき、唐突に玄関の戸が開いた。
すらりとした体型の男が一人、ノブを握ったまま部屋のなかを睥睨し口の端を持ち上げていた。うしろに撫でつけた黒髪がやたらと綺麗で、太陽光を散り飛ばしている。真っ白なTシャツに暑苦しいブラックジーンズで、サンダルの代わりに雪駄を履いているのが、こいつらしいといえばこいつらしいか。
「よう、変態。ついに女の服まで盗むようになったか」
「あーっ」
呼びかけられた当人よりも妹の方がいち早く反応した。男は遠慮もなく部屋に入ってくると麦わら帽子の乗った燈理の頭をひと撫でしてから、挑発的に悠平の胸を叩いた。
「忘れちまったか、薄情な野郎だな」
忘れてなどいない。
忘れるわけがない。
「――なんで、おまえが」
「なんでじゃないだろ。一月にはもう出てたんだおれは。誰も迎えに来ないから泣いたぞ」
「佐輔ちゃんだー」
子どもは無邪気だ。地元じゃこいつを見かけたらこそこそと隠れる者が大勢いる。
「どうしてこの場所がわかった。誰にも言ってないのに」
したり顔で冷笑を浮かべ、佐輔は肩に背負っていたリュックをドスンと投げた。燈理のリュックと佐輔のリュックが並ぶ。
「……なんだよこれ」
「あれー、佐輔ちゃんもこれ使ってるんだ」
使うわけないだろ。
佐輔のリュックと燈理のリュックはまったく同じデザインだった。しかし小学生の女児が使うような子ども丸出しの色彩、白と淡い水色のストライプ、小さな容量、どう考えてもたまたまじゃない。
「流行ってんだよ。いいだろ」
「いいわけあるか。おまえは小学生か」
ひゃはは、と佐輔は笑うが、悠平にはただの冗談とも思えない。こいつはそういう奴じゃない。明らかに燈理と同じリュックを狙い撃ちした。なにか意図があるはずだ。それもとびきり筋の悪い意図が。
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