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焼香が始まった。
喪主を務める楓の父親と母親が、参列者に向かって弱々しく一礼する。
遠目に見ても二人の双眼は真っ赤に充血していて、その姿は正視に堪えないほど憔悴していた。おそらく楓の臨終を看取ってから、一睡もしていないし、一切の食事も摂っていないのだろう。
絞首台に向かうような重い足取りで、二人は娘が眠る棺の前へと歩み寄る。僅か数メートルの距離が、久遠よりも永く感じるのかもしれない。
その途中で楓の母親が倒れそうになるが、すかさず葬儀社の人間が肩を貸す形で彼女を支えた。倒れることを予期していたとしか思えない、俊敏な動作だった。
すみませんーー。
絶えず流れる念仏の声に、涙に塗り潰された声が混じる。赤の他人に迷惑を掛けてしまったことを詫びているのだろうが、誰がそれを責めることなどできようか。
愛する子供に先立たれる悲しみなんて、多くの人間には真の意味で共感できるわけがないのだから。
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