#1 もしも元高校球児のボンクラが、ボーンノートを拾ったら

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#1 もしも元高校球児のボンクラが、ボーンノートを拾ったら

1  看護師立ち会いの下、指の股や爪の中、手首にまで及ぶ周到な手洗いと、頭のてっぺんから爪先までに及ぶ大規模な消毒を行う。  そして、看護師が用意した面会客専用の防護服(フェンシングのユニフォームに似ている)と、鼻と口を覆うマスクを身につける。  部屋に持ち込みたい私物があるならば、看護師に伺いを立てて、許可が下りたならば、それにも徹底的な消毒を施す。  ーー以上、いつもの通過儀礼。  六月一日。    その日も僕は見舞いのために病室を訪れ、透明な壁で隔絶された無菌室越しに楓との会話を楽しんでいた。  やがて、その日もいつものように、会社を早退したであろう楓の父親と、最低限だけの家事を済ませたであろう楓の母親が、他愛のない会話を楽しむ僕たちの元を訪れた。  こんにちはーーと、いつものように短い挨拶を交わして、楓の話相手を二人に譲る。  いつものように僕は努めて自然な振る舞いで聞き役に回り、かけがえのない一家団欒の時間を、少しでも快適に過ごせるように尽力する。  そしてーーその日もいつものように、共に過ごせる時間は瞬く間に過ぎ去り、窓の外に輝く陽は西の空へと傾き、僕たちに面会時間の終わりを告げる。  だからーーその日もいつものように、僕は精一杯の作り笑顔で「また明日」と手を振って、病室を去らなければならなかった。 
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