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本当に、この子は今野さんちの裕ちゃんなのだろうか? あの泣き虫で、甘えん坊で、末っ子気質の、裕ちゃんなのだろうか? 不安になる。違う人を乗せてしまった、とは思わないけれど、それに似た困惑が、私の意識を揺さぶっていた。
「そう言えば……、千佳ちゃんはさ」
裕ちゃんは背もたれに体を預けたまま、なんだかだらしないような恰好で、向こう側の窓を見つめていた。少しだけ丸まった背中、窮屈そうにしている長い足、肩をすくめた拍子に流れた襟足の髪を指先で摘まみながら、裕ちゃんは言う。
「結婚、しないの?」
「しないよ」
即答だった。裕ちゃんの質問を予測していた訳ではないのだけれど、今まで何回も、何十回も、数えきれないほど投げかけられた『結婚』の二文字には、「しない」と答える事が、私の身に染み付いてしまっているようだった。
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