Ⅲ.目からウロコ

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 それからしばらく隼人が本当に落ち着くまで待って、学校のすぐ隣のセブンに入った。イートインスペースがあったので、各々(おのおの)が適当なものを買ってそこに座る。モンスターエナジーのプルタブを開けて思い切り飲んだ隼人が缶をテーブルに置いて「あーそうだったんだ。全然気づかんだわ~」と酒飲みみたいに言う。 「え、横井はいつから響のこと好きだったわけ?」 「中三の冬から。まあ、いろいろあって」  その「いろいろ」と端折(はしょ)ったところに横井が俺に惚れた原因があるわけだが、横井だって初恋に落ちた瞬間を思い出したくないだろうから黙って頷くだけにしておく。 「へ~。やっぱ付き合うわけ?」 「いきなりド直球に聞いてくんなよ」 「やっぱ気になるじゃん?」  まあ、分からんでもないが……。俺はペットボトルの三ツ矢サイダーを喉に流し込む。炭酸が口の中で弾ける。その余韻が全て無くなってから、 「さっきも言ったけど、そんなすぐに返事できねえって。告白されてすぐに返事できるやつが羨ましいくらいだ」  と言った。 「そういうもんか」 「そうだよ。ってか、横井はなんで黙ってんの?」  さっきから一向に何も言わない横井に目を向けると、長い髪の隙間からでも分かるくらいに真っ赤になった頬をしていた。こいつ、こんなに可愛かったんだなと、今さらに思う。 「なんかお前、すっげえ可愛くなってねえ?」  思ったことがつい口から漏れていた。途端に横井が俺の方を向いて顔がさらに真っ赤に染める。 「――ッ‼ 突然何言うのよばか!」  猫みたいな手で肩を叩かれる。それを見ていた隼人に「やっぱお前ら、付き合ってるだろ」と半ば呆れ声で言われ、二人同時に「違う!」と否定した。それから横井はしばらくやさぐれたように自分の鞄を枕にしてそこに顔を埋めた。俺と隼人はこれと言って何をするでもなく買った飲み物をちまちま飲みながら「あっちぃ」「夏なんだから当たり前だろ」「スイカ割りしたい」「俺はカナヅチだから海とかプールはパス」「連れねえの」「そりゃどうも」「いや褒めてないし」とかいうくだらないやり取りを隼人と繰り返した。  しばらく両手両足をパタパタさせていた横井だったけど、しばらくしたら静かになった。まさかと思って髪をどけて顔を見ると、寝ていた。まるで自分の部屋で寝ている時みたいな、そんな無防備な寝顔だった。 「なあ、響」  隼人の声がする。振り向くと、隼人にしては珍しく真剣な顔をしていた。 「お前さ、横井のことどう思ってんの?」  驚かなかった。いつか聞かれると思っていたのかもしれない。  なのに、俺は曖昧(あいまい)に口を濁して苦笑を浮かべることしかできなかった。  俺はいったい、どうすれば良かったんだろうか。  俺はいったい、横井をどう思っているんだろうか。  そもそもの話、俺はいったい誰かのことが好きなんだろうか。
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