プロローグ

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 真夏の夕方だというのに、俺は自身が通う高校へ向かっている。  理由は単純に、教室に課題を忘れたからだ。そのことに気づいたのがついさっきっていうのも呆れる話だけど。    * *  同じクラスメイトで仲の良い野球部員の片桐(かたぎり)隼人(はやと)にこんなことを言われたことがきっかけだった。 「なあ(ひびき)、今日お前ん家行っても良い?」 「はあ? なんでだよ、練習あるんじゃねえの?」  隼人は中学時代から野球に没頭していて、その甲斐(かい)あってか夏の大会では既にレギュラー入りが確定しているそうだ。ポジションは捕手。いわゆるキャッチャーだ。一年生ながら運動部の格差社会を勝ち抜くのもすごいが、隼人がバッテリーを組んでいる投手というのが野球部のエースピッチャーだというのだから、いっそ清々しい。 「そりゃああるけどよ、たまには息抜きも必要じゃん?」  中学も高校も帰宅部で通るつもりの俺には分からない話だが、野球部の練習というのはそんなにハードなんだろうか。確かに朝練と放課後練習はしているし、土日の内どちらかはほとんど練習か練習試合が入っているらしいから、俺が思っているよりかなりきついのかもしれない。朝練はある日とない日があるらしいということだけ変に覚えている。 「要は、それを大義(たいぎ)名分(めいぶん)にしてサボりたいってか?」 「そういうこと。ってか、大義名分ってなんだ?」 「自分で調べろ。それで結局、サボるつもりなのは変わらねえの?」 「サボりじゃねえし、息抜きだし。とにかく今日だけ頼むよ~」  あくまでも意思を曲げるつもりは無く、そして「サボり」ではなく「息抜き」であるところは譲れないらしい。そういうところが隼人らしいといえばそれまでだけど、俺もここまで懇願(こんがん)されているのに拒否するほど無粋(ぶすい)でもない。そもそもこんなに頼まれているのに断るやつなんて、この世にいるんだろうか。 「分かったよ。でも明日からはちゃんとやれよ?」 「分かってるって。サンキュー!」  そんなこんなで、今日の放課後は家に隼人が来ることになった。別にベッドの下にエロ本を隠してるとかそういうテンプレなことがあるわけじゃないけど、家に友達を上げるというのが初めてだからちょっと不安だった。  だけど、それは杞憂(きゆう)というものに終わった。隼人は俺の部屋を物色するのかと思いきや全然そんなことはなく、フローリングの床に鞄と自分の体を下ろして適当にくつろいだ。そんな様を見せつけられると、昼休みからソワソワしていた俺が馬鹿らしくなったので俺もいつも通りにしていた。
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