人は日々、学習する。

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期待とも呼べる、今迄からの想定は裏切られた。目の前に居るのは男だった。随分と雰囲気が違うが、私をみぞれさんと呼ぶのだから今のひぃじっちゃんは、あの男なんだ。男は低く低く柔らかな、優しげで落ち着きそうな声で、弾劾を始めた。 「どうして、僕を大人にしたんです。」 「…………どういう、事?」 「あのあとぼくは、戦争に行きました。人が死にました。人が死にました。人が死にました。人を、殺しました。」 どうやらひぃじっちゃんの夢である男は、そこから更に夢を見ているらしい。あの男にとっても、無意識の領域なのだと思う。そうでもないと、あの憧れを対峙してキラキラする男が、その憧れの前でこんな事を言い出す筈がない。 「十七で来た赤紙を、早過ぎると嘆きましたね。どうしてそこで終わってくれなかったんですか。どうしてそのまま万歳でお別れしてくれなかったんですか。ぼくを、憐れんだのですか。」 ひぃじっちゃんが、戦争について詳しく話してくれた事は無い。戦争について訊いてきなさいという学校の授業の宿題は、ばっちゃんとじっちゃんが終戦の玉音放送が流れた時の話をしてくれた。他の家の宿題も似たり寄ったりで、それで問題無かった。 ひぃじっちゃんは、戦争を語ろうとしなかった。 「おぞましい事ばかりでした。人の焼ける臭いは獣を焼く臭いと同じでした。ピストルの音は雷管よりも五月蝿いと知りました。右耳が潰れました。」 けれど、男は違った。 「掠った弾の跡は焼け付いて足に残りました。今日みたいな雨の日はじくじくと疼きます。歩兵銃は重たくて、似た重さの物が嫌いです。」 つらつらと述べながら、男は私に歩み寄った。耐えず鳴る床は警告音の様だった。シュウは起きない。幸せそうに健やかに眠っている。 「なのに、貴女を知ったから、その程度にしか覚えていないのです。」 ついに私の顔に伸びた手が、髪を梳くって耳に掛けた。ぞわりとした感覚が背筋を伝い、冷や汗が全身の温度を冷ます。寒い。凍えそうだ。ガチガチと奥歯が鳴った。
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