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「貴女は歩兵銃より重たいのに、綿菓子の様に軽かった。跡なんて残らなかった背中の方が、ぼくにはひりひりと痛むのです。甲高い貴女の声は、ピストルよりもぼくを苛みます。ひどい臭いは嗅ぐ度に、どうしてか貴女を思い出した。」
虚ろな目が私を映している。
「貴女のせいで、何も知らずに死ねたはずのぼくは、大人になったから。あの場所で、死ぬに死ねなくなってしまったじゃないですか。こんな所で死んで溜まるかと、思ってしまったじゃないですか。」
すくんで身体が動かない。怖い、怖い、気持ち悪い!!
「ユキちゃ……?」
「「!!」」
目を擦って起きたシュウはふわふわと寝惚けていた。目を擦って不思議そうにして、辺りをキョロキョロと見回して。
「あ、ユキちゃ、ひぃじっちゃ! にじ! にじ!!」
「っえ、あ、うん!」
身体が漸く、跳ねる様に動いた。シュウに言われて飛び出して、縁側の端まで来る。虹が、まだ止まない雨の中、日差しの下に現れていた。
「おぉ、こりゃまた見事だな。」
隣に居たのはひぃじっちゃんだった。私はひぃじっちゃんに、まだ雨が止みそうにないから迎えの車を頼んで欲しいとお願いした。
ひぃじっちゃんは右利きなのに、左で電話を取る事をこの時知った。
「ひぃじっちゃん、右の耳聞こえなかったんだね。」
電話を終えたひぃじっちゃんは、私の一言に狼狽えた。多分誰も、家族はこの事を知らない。ひぃじっちゃんが教えようとしなかったからだ。
だから私が何を言いたいのか、男が何を言ったのか。ひぃじっちゃんはそれだけで理解して、悲しげに目を伏せて言う。
「迷惑掛けたなぁ、ユキ。最後に、荷造りを手伝ってくれんか。いつでも施設に行けるように。」
ひぃじっちゃんは、ばっちゃんの葬式の時みたいに私の頭をポンポン撫でた。
私がひぃじっちゃんに会ったのはそれで最後だった。
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