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田んぼに移動して間も無くだった。お母さんがつっかけのまま走って来た。
「バンパ、おばあちゃんが。今、先生来てくれて……」
おじさんは私とバケツをお母さんに預け、先に走って家へ向かった。
「大おばあちゃん死んじゃうの?」
「わかんない。でも急に大変になったんだって」
お母さんは息を切らして答えた。その時はまだ空が青かった。
家先には見慣れない車があった。きっとお母さんが先生と呼んでいた医者の車だ。私はおそるおそる座敷の襖を開けた。白い服を来たおじいさんが大おばあちゃんの横に座っていた。川に行く前にはなかった、見たことのない機械がおばあちゃんに繋がれていて、その機械のテレビ部分に線が何本か映っていた。
「かなちゃんおいで」
おばあちゃんは目にハンカチをあてながら私を手招いた。
「大おばあちゃん、もうすぐ天国に行くんですって」
大おばあちゃんの顔はさっきと変わってないのに、何で死ぬってわかるのか私にはわからなかった。
「他のみなさんは?」
医者がおばあちゃんに聞いた。
「みんな仕事や学校があって、県外にいるものもいますから。今夜中に来られる人がどのくらいいるか……」
「先生、どうにか明日までもちませんか?そうしたらみんな集まってるし、それに……」
「あとは、百花さん次第です」
その医者の言葉に誰も反応しなかった。縁側から聞こえる微かな風鈴の音だけが座敷に響いた。私はおじさんを見た。おじさんは涙を流さず、じっと大おばあちゃんの顔を見つめていた。
「大丈夫だよ!」
私は沈黙に絶えきれず声をあげた。
「だっておじさん、大おばあちゃんを食べる約束だもん!大おばあちゃんは絶対約束を守るよ!」
私はいつもの大人の笑い声を期待していた。それなのに誰も笑うどころか、医者が目を三角にして私を見た。
「ごめんなさい、まだ子どもで」
「かな、向こうで少し休みましょう」
お母さんとおばあちゃんが私をかばうように部屋から出ようとした。私はもう一度叫んだ。
「おじさん!」
おじさんは私を見て、大おじいちゃんの白黒写真に目を移し、そして医者に小さな声で言った。
「少し、私と百花さんを二人にしてもらえますか?」
医者は小さく頷き、私たちは座敷から出た。
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