第三章 西の人

28/30
前へ
/233ページ
次へ
兄弟喧嘩…? 誰と誰が…? 弘翔と…蓮さんが!? え、マジ?? 柊さんと秋庭の人たちが爆笑しているので事実なんだろう。 他の組長さんと私だけが呆気に取られている謎の状況...。 「蓮さんが東京にいろって言ったんですか…?」 弘翔のことが大好きな自他共に認めるブラコンだし…。 京大に行きたかった弘翔と、東京の大学に置いておきたかった蓮さん。そんな感じかな。 4年間も京都に行かれるのは嫌だから揉めたとか…なら納得。 「逆ですよ。蓮さんが京都に若を行かせたかったんです。どうしても蓮さんと同じ東京の大学がよかった若と、柊総長の所へ若を行かせたかった蓮さんがどちらも譲らず…」 「うわぁ…」 変な声が出た。 蓮さんと弘翔って喧嘩とかするんだ…。意外過ぎる。 蓮さんは弘翔に甘いイメージがあるし、弘翔も蓮さんのいう事なら聞くのに。 「喧嘩って…どんな感じだったんですか…?」 「秋庭組中巻き込んでそれはそれは盛大なものでしたよ。なんたって…「土方!!」」 続きが非常に気になる土方さんの言葉を慌てて遮った弘翔。 一人慌てている弘翔に対して当事者のはずの蓮さんはどこ吹く風で、優雅に杯を傾けている。 なんだこれ…。 「箝口令だ。美紅にも、他の組の奴らにも、余計なことは言うな」 「承知しました、若」 「弘翔…」 「頼む、何も聞いてくれるな!」 その焦った姿が逆に興味をかき立てるんだけど… 箝口令が敷かれてしまった今、秋庭の中に兄弟喧嘩の詳細を教えてくれる人はいないのだろう。 気になるけれど仕方ない。 そして、さっきからなんで話題の中心の蓮さんは完全に我関せずなんだろう…。弘翔は柊さんにも弄られて満身創痍なのに…。 それにしても...なんで蓮さんは頑として弘翔を柊さんの所にやろうとしたんだろうか...。 蓮さんと柊さん、この食えないコンビは一体全体...。 ──「締めるぞ」 もう一度、場が盛り上がりそうな雰囲気を絶妙なタイミングで抑えてくれたのは聖弥さん。 時計を確認すればもうけっこういい時間だ。 そう思うと一気に疲れが襲ってくる。非日常で神経使っていたから当然だ。 全員立って、昌さんの発声で一本締めをして場はお開きになった。 私たちも場をあとにしようとした時、「ちょい待ち、別嬪さん」と柊さんに声を掛けられた。 色んな人に頭を下げられていた柊さんが上座から私たちの元へと降りてくる。 「いずれ役に立つかもしれんからな。 登録なんかせんでええから、持っとき」 懐から取り出した財布から無造作に取り出して渡してくれたのは、名前と組名だけが書かれた名刺。 『柊稜真』って名前はもう知ってるんだけど…。 と思って裏面を見れば、手書きで電話番号が書かれている。 私の代わりに訝し気な表情をした弘翔に、柊さんは小さく笑った。何かを言いかけた弘翔は仕方なしに言葉を呑んだ。 「関西に来る用があったら連絡くれや。案内くらいするで」 私が関西出身なのを知らないからなのか…、だけど別の意味も含まれている気がする。もっと深い何かが。 『他意はない他意はない』と楽し気に笑い扇子を煽ぎながら柊さんは帰ってしまった。 もらった名刺は丁寧に財布にしまって、私と弘翔も秋庭本家をあとにした。
/233ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4317人が本棚に入れています
本棚に追加