第三章 西の人

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─柊稜真side─ 「待たせたな」 「別に待ってなどいませんよ」 都内某所 店先にはcloseの看板が掲げられているBARのカウンターで、優雅にウイスキーグラスを傾けている男に声を掛ける。 この店もたしかコイツの店だったか。 「それ、なんや」 「バルヴェニーの30年ものでしたかね」 「スコッチかい。それも、また癖の強いヤツを…。飲み方は?」 「さぁ?」 「マスター、僕もコイツと同じやつを」 出された酒に口をつけて、少し後悔。 ニートかい…この野郎。 さっき宴会で死ぬほど酒を喰らったのにこの男は… 「一本どうです?稜真」 「絶賛禁煙中やから遠慮しとくわ」 「禁煙?ヘビースモーカーの君がですか…」 「奥さんが妊娠中やからな」 「あぁ、そうでしたね。 では私も今日は控えておきましょうか」 「別に吸ってええよ」 「禁煙中の男を前に堂々と吸える神経は持ち合わせていませんよ」 「蓮のそういうとこ、ほんま好きやで」 「どうも」 「…………。」 「…………。」 「…………。」 「弘翔もそうですが、愛の力は偉大ですね」 「なんやそれ」 「君も弘翔も、大切な人ができてから変わりましたから」 「……誰だってそんなもんやろ」 「私には理解できない感覚です。 誰かの為に生きられる人は尊敬しますよ」 「弘の為だけに生きとるお前が何言ってんねん。 そんなんなくても僕は10代の出会った時からお前のことは尊敬しとるで」 「酔ってます?」 「そりゃお前やろ」 「酒にはそれなりに強い自信があったんですけどね」 「…………。」 「…………。」 「あの子、悪い子やないと思うで」 「そうですね。それは私も思います」 「どうするつもりなん?普通の子なんやろ」 「どうしましょうか」 「誤魔化すなや」 「…相変わらず鋭い男ですね君は」 「…………。」 「…………。」 「…………。」 「君なら…なんとなく分かっているんでしょう?」 「蓮との付き合いだけなら弘よりも長いからな。 それに…お前が弘の為に全てを懸ける男だってことはよう知っとるで」 だから… 「察しはついとるよ」 「なるほど。君がプライベートの番号を教えていたのでまさかとは思いましたが…流石ですね、稜真」 「別に弘の為でも…あの子の為でもない。お前のためやで、蓮」 「…………。」 「………。」 「男がその腕で守れるものはせいぜい一つです。 私には、弘翔に正しい選択をさせる責任がありますから」 たとえ、一生恨まれることになろうとも。 たとえ、最愛の男に殺されることになろうとも。 「まさかとは思っとったが…蓮、お前… 弘には僕と真逆の道を進ませる気か?」 「察しが良すぎる親友を持つのも大変ですね」
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