夢の隣

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 義貞はこれ期に勢いを盛り返し、上洛しようと画策していた。だが、藤島城にたどり着く前に突如として現れた斯波軍300騎に包囲されてしまうのであった。  盾も弓すら持ち合わせていなかった新田軍。恰好の的となって成す術なく、導かれるように水田へと追い込まれる。足は泥に取られ、身動きは出来ない。ほぼ無傷である斯波軍はあっけなく仕留めることよりも、嘲笑った上で手を下すことを選んだ。 「なぜ、進軍に気づけたと思う? 内通者などではない、警戒していたわけでもない。たまたまじゃ。小便をしようと脇道へ出たら、そなたらが勝手に視界に飛び込んできたのじゃ」  屈辱に歪むであろうこと期待した斯波軍は、大げさに笑い声を張り上げていた。それを黙らせたのは小さな笑い声。新田軍の生き残っている3名の家臣たちである。それは斯波軍に向けたものではなく、自分たちに対するもの。  関東の田舎武士の貧乏御家人。追いやられた地で小便をした男に見つかって、抵抗することも出来ず最期を迎える。これぞ分相応であり、人生とはうまく回るものだと得心が行くのであった。  二つに割れた朝廷とはいえ、総大将までのし上がるなんて分不相応な地位は居心地が悪く。それこそ来世が恐ろしくて仕方がなかったのだ。  彼らが夢を見たのは尊氏ではない。小さな器でしかない義貞であった。彼らにしてみればここまでで十分過ぎるほど夢を見れた。そんな彼らの顔に義貞の心も満たされたし、より一層、妖への感謝を抱くのであった。心残りはそれを伝えられなかったこと。  義貞は刀を抜いた。鬼丸国綱である。妖のとの約束を果たすため、その刃を己の首に立てたのである。花火のように鮮やかに打ち上がる血の柱。どこへ行ってしまったのかわからない妖に届くことを願って。  家臣とともに満ち足りた人生を終えた義貞の最期。斯波軍にそんな境地は見て取ることなど出来やしない。その笑顔は不気味で、己の首を斬り落とす所業に恐怖を抱き目を背けた。再び視線を戻した時。討伐の証となるその首をこの水田にて見失う。
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