夢の隣

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 義貞の首はすでに持ち去られていた。妖の腕の中に抱えられていた。  妖の生前は巫女であるが、その記憶をほとんど失っていた。あまりにも長くこの世に留まりすぎ、あまりにも多くの物事を見すぎたためである。もはや頭に留めておける記憶の置き場所は満たされていた。愛していた者がいたことは覚えていても、その顔を思い出せないのである。  追憶にふけり、曖昧な愛しき人の姿を求めてさまよう日々。義貞の姿にどこか重なる欠片を見出した。こんな人が愛しい人なのではと思いをはせ、人生を導くために未来を見せた。妖に望みは叶える力はない。けれど、未来は見えた。  それは武勇として誇れる死に方ではない義貞の姿。それでも望みを叶えると嘘をついたのは、自分を求めて欲しいから。それが後ろめたさとなって己の心を蝕む毒となり、義貞の前へ現れなかった理由であった。  未来は見えても、その心までは見えなかった。けれど、約束の首を手にした妖。義貞の頬に触れて、残心を読み取った。それは妖へ感謝を伝えることが出来なかった心残り。  妖は涙を流した。義貞を良き道へ導けたと知ることが出来たからだ。その涙は温もりをともなったもの。だが、それもすぐに後悔をともなった冷えた涙へ変わる。会うことを避けた自分への後悔である。  そして、抱えた義貞を見る。願いの代償として首を求めたのは訳があった。それは顔を忘れないためである。けれど、腐敗は止められない。徐々に朽ちていく姿を見ながら、やがてこの顔を忘れていくことを思うと未練が積みあがる。それがこの妖の成仏をいつまでも阻み続けるのであった。
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