夢の隣

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 人の眼のような満月。降り注ぐ月光は誰かを覗き見ているようである。雨が止み、無風で辺り一帯は霧で覆われていた。それを切り裂く男がいる。河内源氏義国流新田氏本宗家の8代目棟梁、新田義貞(にった よしさだ)である。  そこは放棄された水田の泥の上。幼少より刀を振り、足腰を鍛えた場。今宵もここで一人、無心になって振っていた。その手が止まった。切り裂いた霧の先に女がいたのだ。  女は白衣に紅の袴姿。巫女であるのは間違いないのだが、女からは暗闇が漂っている。妖であるのは明らかである。  肌は目を凝らせば向こう側が透けて見えそうなほど儚く、首筋に浮かび上がる血管は青白い。触れてその冷気を確かめてみたくなる妖しさがあった。さらに巫女には似つかわしくない刀を、ぶら下げるように握りしめていた。  剣先からは血が滴り、足元には兜を被った生首が転がっている。顔は向こう側。誰かはわからないが、この妖が死を告げに来たのだと義貞は思った。その生首が自分自身であると思ったのだ。 「斬ったのはそなたか?」 「さぁ」 「その首は誰ぞ?」 「さぁ」 「なに故、某の前に現れた?」  妖は笑みを浮かべた。その問いを待っていたのだろうか。水田のぬかるむ泥の上を音もなく歩んでくる。刀を構えなければ、義貞がそう思った時にはすでに妖は間合いを越えて懐へ。そして、誰かと重ねるように義貞の顔を愛おしく見つめるのである。 「義貞様の望みを叶えて差し上げましょう」
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