夢の隣

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 時は元弘3年。支配者は北条高時(ほうじょう たかとき)。政よりも田楽や闘犬に浪費したその統治者は、私欲を貪る家臣の悪事には目を背けることしかできない能無し。  反乱の機運は高まり、立ち上がったのが後醍醐天皇(ごだいご)。すでに都には火の手が上がっていた。その指揮を取っているのが足利尊氏(あしかが たかうじ)。源氏の嫡流であり、武士を統べる正当な家柄。もはや、都を手にすることは明らかであった。だが、反乱の命運は都にはあらず。北条が支配する関東にあった。  その使命を託された一人が、この新田義貞であった。足利と同じく源氏の系譜を継ぐ家柄でありながら、4代当主新田義政が足利家から娘を娶って以降、代々足利家当主を親とした擬制的な親子関係。つまり主従関係において支配される側であった。  この反乱は新田一族にとって待ちわびた好機である。鎌倉を討伐することが出来れば、足利家と並び立つ功績といえる。ようやく、その隣に並び立つことが出来るのであった。  妖のか細い指先が義貞の頬を触れた。それは地を這うように、顔全体へ広がり、その冷たさが義貞へ恐怖を与えた。頭では妖だとわかって身構えていても、その実体に触れて体感することで、その恐怖はより一層高まるのである。 「お前の望みはなんだ?」 「義貞様の首です」  妖は頬に触れていた手を引いた。義貞の首を掴んだ。 「・・・強い人」  妖は体を義貞に傾け、見上げるのである。その表情はより一層愛しんでいる。義貞は沸き起こる恐怖を押し殺す術を身につけていた。それは鍛錬で身につくものではなく、これまでの苦難と屈辱に屈することなく生き抜いてきた証であった。  妖は義貞に触れ、心の淵に押し殺した恐怖を知って、それでも義貞が眉ひとつ動かさない様を強いと言ったのだ。  刀を掲げた妖。義貞が願いを伝える間もなく消えてしまった。転がっていた生首も消えていた。斬ったのが誰であるのかもわからず、生首が誰なのかもわからない。それでも義貞は望みが叶うものだと悟った。  妖が掲げた刀は鬼丸国綱。それは北条家の家宝である。転がっていた生首が北条時高であるとしか思えない。斬るのは己だと思った。
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