夢の隣

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 今宵はあの日と同じ満月。月光が降り注ぐ都の民は、床で眠る時刻。義貞は縁側に立ち、手には鬼丸国綱。その鞘は庭園に落ちていた。 「出てこい。出て来ぬならば、その首斬り落とすぞ」  静かでありながら、殺気の籠った義貞の声。すると、けたけたと女の笑い声が聞こえてきた。桜の木陰から顔を出す女。それはあの日の妖ではなかった。帝の側近の娘であり、鎌倉討幕の恩賞として与えられた義貞の妻であった。 「妖め、とり憑いたのか」  義貞はとり憑かれた妻の首筋に刃を立てた。首を傾ければ血管など容易く斬れてしまう。妖は刀に視線を落とすと、義貞を見た。見たのは表情ではない。隠している心の内側であった。妖は躊躇なく妻の首を傾けた。だが、薄皮一枚すら剥けることはなかった。義貞が刀を引いたのだ。 「この女がお好きなのですね?」 「あぁ」 「このようなお顔が好みでありますか?」 「そうだ。それがどうした?」  妖は真っすぐな返答に驚く様子もなく、義貞の頬に触れ、あの日とは違うまなざしを向けていた。誰かと重ね合わせるような遠い目ではなかった。一つ一つ念入りに、焼き付けるように目の前の義貞を見つめていた。 「妬ける・・・ただ妬ける」  そう言いながらも妖の顔には嫉妬の色は見て取れない。見つめるごとに愛おしむ思いが募るように見えた。その顔は妻そのもののように思えた。 「義貞様の望みをお聞かせくださいな」 「尊氏殿の隣に並び立つことである」 「異なことを・・・隣などとは異なことを。なぜ望まぬのです。尊氏よりも上を望まぬのです」 「某に人の上に立つ器はない。ただ、隣に立ち、支えることならば望みたくはある。某は尊氏殿こそ太平へと導く棟梁であると思っておる」  新田と足利は元をたどれば実の兄弟。かつて源氏の棟梁であった八幡太郎義家の四男の息子である。長男は義久。次男は義康。家督を継ぐべきは当然長男の義久に権限があった。しかし、継いだのは弟の義康であった。  原因は父親との不仲。親子喧嘩といえばものの笑い種であるが。この喧嘩は家督にまで響くものであった。結局、長男の義久は母方の新田を名乗り、弟の義康が足利を名乗った。  以来、主従関係は逆転し、北条が支配する鎌倉幕府において、新田家は蔑ろにされ、田畑を売り出さなくては存続できないほどの貧乏御家人へと落ちぶれたのである。
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