夢の隣

7/11
前へ
/11ページ
次へ
「本来であれば家督は新田である」  落ちぶれるほど、そんな未練を口にする者も多くいた。義貞も幼少の頃はそう思っていた。いや、鎌倉討幕間際までは心の底で思っていた。だが今はそんな気持ちは微塵も持ち合わせていない。なぜなら、討幕までの道のりで、足利の力を思い知ったからであった。  義貞が挙兵した時点の軍勢は150騎。新田の名で集まったのは精々4000騎。それが足利が都を落とした知らせを受け、さらに尊氏の嫡男である千寿応を軍勢に引き入れてから膨れ上がった結果が20万。  その上、討幕を先導し、鎌倉を統治していたのは義貞であったが、人が集まるのは千寿応のもとである。わずか3歳の子供であるにもかかわらずだ。  その後の細川氏の諍いにおいても死闘を乗り越えてきた武士たちは、新田を守ろうとはしなかった。それが自分の器の限界であり、皆が足利尊氏という男のもとに立ち上がった証拠。  かくいう義貞もその一人である。尊氏が立たなければ討幕など夢のまた夢である。尊氏という男が夢そのものである。 「悔しくないのですか?」 「あぁ、まったく」  尊氏を語る義貞の顔からは、妖に対する殺気が消えていた。武勇伝を語る子供のように青くさく煌めいていた。  だが、妖の顔は違った。心を握りしめられたように苦悶を浮かべていた。ぎゅっと拳を掴んで、その中には何か後ろめたいものでも隠しているように見えた。 「某の首一つでは望みは叶わぬのか?」  義貞は気遣いを込めて問いかけた。それは武士として数多の人を斬り殺してきた者とは思えぬ温もりを感じさせた。妖はその好意に惹き込まれ、抱きしめたいという衝動に揺れた。だが、止めた。そして、答えた。 「並び立つことは出来るでしょう。それだけはお約束いたしますが・・・」  妖は何かを言い含め、その言葉を飲み込んだ。その時、辺りが突然、暗闇に覆われた。義貞が見上げると満月を雲が逃げるように横切った。その雲が過ぎ去ると再び月光が注ぐ。  妻がその場で倒れていた。義貞が抱え込むとそれまで妻の背後を覆っていた暗闇が消えていた。妖が去ったのだ。それから妖が姿を現すことがなく5年の歳月が過ぎた。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加