* 後日譚 ~ ダドリー夫妻のお気に入り ~

5/9
前へ
/25ページ
次へ
 アーサー・ヴィンセント・ダドリーは、妻の声に振り返った。 「アーサー様、まだお仕事をなさっていたの?」  驚いた彼に、エミリアは恐縮した。 「ごめんなさい、ノックをしたのですが、お気づきにならなかったようなので」  勝手に彼の部屋まで入って来てしまったのだ。  しかし、アーサーは気を悪くした様子を見せず、書類を掴んでいた手を妻のために空けた。  普段ならとっくにエミリアと過ごしていても良い夜半であった。今の彼は、ほとんど毎晩夕食を妻と摂る。それからしばらく仕事を片づけた後は、朝まで妻から離れることはない。 「わたしが待ちきれなかった?」 「ふふ。ええ、そうですわ」  エミリアは、アーサーの伸ばした左手にすっぽりと収まると、頬を赤らめて夫を見上げた。  どこか満足そうな夫は、眼鏡を外そうとする。 「あっ」  思わずエミリアは、声を上げた。 「なにか?」 「……いえ」 「なんでも言いなさいと、何度言ったらわかるのかな」 「その……外してしまわれるの?」 「これかい?」  わずかに眉を上げたアーサーは、眼鏡を元に戻した。 「きみが待っているのなら、もう仕事は終わりにするよ。これも見苦しいだろうからね」 「そんなことはありませんわ」  薄暗い夜の居室でも、エミリアの頬は赤く色づいている。 「もしかして、熱でもあるのか」 「いいえ」  アーサーはエミリアの両頬を挟むと、額と額をつけた。 「熱くはないように思えるが」 「ええ、なんともないのですもの」  額を離すと、アーサーはエミリアの髪をかきあげた。姿を現した耳も、ほんのりと赤い。  眼鏡越しにじっくり観察されたエミリアは、いたたまれなさに身悶えした。
/25ページ

最初のコメントを投稿しよう!

441人が本棚に入れています
本棚に追加