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アーサー・ヴィンセント・ダドリーは、妻の声に振り返った。
「アーサー様、まだお仕事をなさっていたの?」
驚いた彼に、エミリアは恐縮した。
「ごめんなさい、ノックをしたのですが、お気づきにならなかったようなので」
勝手に彼の部屋まで入って来てしまったのだ。
しかし、アーサーは気を悪くした様子を見せず、書類を掴んでいた手を妻のために空けた。
普段ならとっくにエミリアと過ごしていても良い夜半であった。今の彼は、ほとんど毎晩夕食を妻と摂る。それからしばらく仕事を片づけた後は、朝まで妻から離れることはない。
「わたしが待ちきれなかった?」
「ふふ。ええ、そうですわ」
エミリアは、アーサーの伸ばした左手にすっぽりと収まると、頬を赤らめて夫を見上げた。
どこか満足そうな夫は、眼鏡を外そうとする。
「あっ」
思わずエミリアは、声を上げた。
「なにか?」
「……いえ」
「なんでも言いなさいと、何度言ったらわかるのかな」
「その……外してしまわれるの?」
「これかい?」
わずかに眉を上げたアーサーは、眼鏡を元に戻した。
「きみが待っているのなら、もう仕事は終わりにするよ。これも見苦しいだろうからね」
「そんなことはありませんわ」
薄暗い夜の居室でも、エミリアの頬は赤く色づいている。
「もしかして、熱でもあるのか」
「いいえ」
アーサーはエミリアの両頬を挟むと、額と額をつけた。
「熱くはないように思えるが」
「ええ、なんともないのですもの」
額を離すと、アーサーはエミリアの髪をかきあげた。姿を現した耳も、ほんのりと赤い。
眼鏡越しにじっくり観察されたエミリアは、いたたまれなさに身悶えした。
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