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今夜の夫からは、ほのかにスコッチが漂う。
日頃は酒を口にしないエミリアだが、夫の唇から味わうそれは好きだった。
よく味わおうと角度を変えた際、エミリアの頬に硬いものが触れた。
「痛っ」
慌てて離れた夫の顔に、犯人を見つける。
「眼鏡がぶつかったみたい」
「それなら、もう外して構わないだろうか」
「ええ」
もちろん、エミリアももっと深く夫と交わりたい。
それに、あまりに夫との距離が近すぎるせいで、どうせ顔は見えないのだ。
「それなら、きみが外してくれ」
ドキドキしながらエミリアが弦を持ち上げる。
レンズがあってもなくても、夫の視線の熱量は変わらない。
夫は妻の手から眼鏡を奪い取ると、代わりに己の指をきつく絡めた。
「眼鏡がなくても、きみの熱を上げられるだろうか」
熱でもあるのかと勘違いされるほど、頬を赤らめいたことに、エミリアは初めて気がついた。
言葉をなくすエミリアをしばらく眺めたアーサーは、おもむろに妻を抱き上げた。
「試してみなくてはいけないね」
「ええ、アーサー」
エミリアはたおやかな腕をアーサーの首に巻きつけ、ゆったりともたれかかった。
今夜もエミリアは、アーサーにその身を委ねる。
アーサーのなすこと、およそすべてがエミリアのお気に入りであった。
─ おしまい ─
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