夏が落ち、翠流れゆく頃

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「暑い」と「熱い」では意味が異なるから使い分けなければならないと小学校で習った。 けれど、この夏の午後の場合、どちらを使っても正解ではないだろうか。 汗でへばりつくTシャツの襟ぐりをつまんでぱたぱたと扇ぎながら、私はバスを待っていた。 テキストを詰め込んだ鞄が肩に食い込み、そこからもじっとりと汗が滲むのを感じる。 夏期講習が一段落し、明日から1週間は塾もお盆休みになる。 今年の夏は私が受験生であることもあり、家族旅行の企画は立っていない。冷房の効いた部屋でのんびりと本を読み、たまに勉強して、ゆったりした1週間を過ごす予定だ。 「あー……図書館」 偶然やってきた市立図書館行きのバスを見て、私は鞄の中にある文庫本の存在を思い出した。先週借りたもので返却期限が迫っている。 そのまま帰宅するつもりだったが、予定変更。 「市立図書館行きでーす」 「はーい」 運転手の呼びかけに小さく応え、私はICカードを料金箱の隣にかざした。 一人用の座席に座って、重たい鞄から文庫本を引っ張り出す。今日は図書館に寄ってこれを返却し、ついでに何冊か借りていこう。 『次は 飛鳥台2丁目 飛鳥台2丁目──このバスは 市立図書館行き です』 機械的なアナウンスが平べったく行き先を告げる。川沿いを走るバスに乗客は少なく、冷房は適度に涼しい。 夏の日差しを映してきらきらと流れゆく河面を横目で追い越しながら、私はページをめくった。 あ。今、川を横切ったのはカワセミだろうか――― ──落夏流翠──
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