牛首

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人は噂を好む。 都に住まう民は、殊更に好む。彼等には噂の信憑性などはどうでもよい。それどころかそれが噂であるうちならば吉凶すら問題にはならぬ。 彼等にとって肝心なのは、噂がより刺激的なものであるか否かであり、長く熱意をもって論じ合われるか、それともすぐに飽きられ忘れられるかを決めるのは、ただその一点に尽きた。 例えばかつて京洛(きょうらく)(ちまた)に多大な犠牲を出した辻斬り。彼が凶行に及んでいた間は皆、甲羅に(こも)る亀のように息を潜めていたにも関わらず、一度(ひとたび)退治されてしまえばこれまでの犠牲などまるで虚構の物語の中の死者のように忘れられ、次の日にはもう辻斬りの正体について様々な噂があちこちから、如何(いか)にも真実である如くに立ち昇り、当時から二十余年が経過した今日(こんにち)でさえふとしたきっかけで議論の再燃を見る、京洛の人口(じんこう)膾炙(かいしゃ)するものであり続けていた。 イカルガ最大の守護者として、死した(のち)も万民に慕われる墨将(ぼくしょう)キヨタダ。「護国大公(ごこくたいこう)」と(おくりな)された彼にも多くの噂は付き(まと)っている。戦場で彼を蝕んだという病。エミシという野蛮なる民が持つ風土病であると言われているが、エミシ領に出入りする多くの旅商人がいながら、誰一人その風土病に(かか)ったり、他国に媒介したという話が聞こえてこないのは何故なのか。不謹慎な者の中には、キヨタダは現地でエミシの女を凌辱し、性病を伝染(うつ)されたのだと噂する者さえいた。 都の民の噂は意外な内容のものほどよく受け入れられていった結果、節操を失って下世話に広がっていく事を好むようになり果てる。 そんな中、とある武家の御隠居が逢魔(おうま)(とき)に遭遇したという牛首の怪物。 始めは小さな噂もこのキョウでは熱病のように瞬く間に拡散し、怪物が残した謎の予言に対する様々な憶測の解釈は戦場の矢のように激しく飛び交った。 牛首の女は何者か、彼女の言う「春来る鬼」とは誰か、そして「災い」とは何かーー。 この三つの問いに数えきれないほどの組み合わせの「解」が生まれ、キョウの民はそれらを肴に酒を飲み、井戸端に集った。
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