牛首

4/5
前へ
/10ページ
次へ
だが、同時に彼らはそれら噂というものを、心の底では全くと言っていいほど信じていなかった。 実際には都の者ほど、「小説より奇なる事実」などそうそうある事ではないと(わきま)えている。お伽噺(とぎばなし)を無邪気に信じる純朴さなど、都会で生きるには邪魔なだけだ。 身も蓋もない言い方をしてしまえば、彼等が欲しているのは真実や知識ではなく、都会の(きら)びやかさに馴れ、すでに飽きてしまっている中に稀に生まれるだけの、単なる「暇潰しの種」なのだ。 (ゆえ)に眼の悪くなっているのであろう老人が、黄昏時(たそがれどき)に異形の者と見間違えた醜女(しこめ)と、話に尾鰭(おひれ)が付いただけであろう凶事の予言など、面白がりこそすれ真に受ける者などほとんどおらず、この噂も青魚の如く瞬く間に鮮度が落ち、いずれは忘れられるのだろうと誰もが思っていた。 だが。 「流石に困っておる様子でありましたな」 監察方(かんさつがた)(つか)いが帰った後の陰陽府(おんみょうふ)の一室、二人の咒師(じゅし)が話をしていた。 「無理もなかろう、人や失せ物を探すのが仕事とは言え、彼らにとっては市井(しせい)の噂に過ぎぬ牛の首を乗せた女子(おなご)を見つけ出せなどという荒唐無稽の仕事など自分達の専門外、いい迷惑どころか存在すら信じておらぬのが本音だろう」 「知恵を借りに、というのは建前で、監察府としてはあわよくば我ら陰陽府に丸投げしたかった、といったところでしょう、手土産まで持参とは御丁寧な事です」 咒師ヤスナリはそう言いながら、()塗りの高杯(たかつき)に乗せられたその土産の干菓子を一粒摘まんで口に放り込んだ。 「我らとて暇ではない。見つけ出してからというのならば、吉凶を占う我ら陰陽府の仕事でもあろうが。それにーー」 陰陽府長官のドウマはここでやや声を潜め、 「此度(こたび)の探索、どうもミカド直々の御指図であるという噂が宮中で流れておるらしい」 「本当ですか」 「知らぬ。だが事実ならば他所(よそ)に出された勅令(ちょくれい)を勝手に()ける訳にはいかぬ。監察も監察じゃ、そのような畏れ多い事、露見すれば只では済まぬというに。だが今問題なのはそこではない。牛の首を持つ女の噂が真であればーー」 「『くだん』、ですかーー」 ヤスナリの表情も、その語を発する際には目に見えて曇った。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加