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だが、同時に彼らはそれら噂というものを、心の底では全くと言っていいほど信じていなかった。
実際には都の者ほど、「小説より奇なる事実」などそうそうある事ではないと弁えている。お伽噺を無邪気に信じる純朴さなど、都会で生きるには邪魔なだけだ。
身も蓋もない言い方をしてしまえば、彼等が欲しているのは真実や知識ではなく、都会の煌びやかさに馴れ、すでに飽きてしまっている中に稀に生まれるだけの、単なる「暇潰しの種」なのだ。
故に眼の悪くなっているのであろう老人が、黄昏時に異形の者と見間違えた醜女と、話に尾鰭が付いただけであろう凶事の予言など、面白がりこそすれ真に受ける者などほとんどおらず、この噂も青魚の如く瞬く間に鮮度が落ち、いずれは忘れられるのだろうと誰もが思っていた。
だが。
「流石に困っておる様子でありましたな」
監察方の遣いが帰った後の陰陽府の一室、二人の咒師が話をしていた。
「無理もなかろう、人や失せ物を探すのが仕事とは言え、彼らにとっては市井の噂に過ぎぬ牛の首を乗せた女子を見つけ出せなどという荒唐無稽の仕事など自分達の専門外、いい迷惑どころか存在すら信じておらぬのが本音だろう」
「知恵を借りに、というのは建前で、監察府としてはあわよくば我ら陰陽府に丸投げしたかった、といったところでしょう、手土産まで持参とは御丁寧な事です」
咒師ヤスナリはそう言いながら、丹塗りの高杯に乗せられたその土産の干菓子を一粒摘まんで口に放り込んだ。
「我らとて暇ではない。見つけ出してからというのならば、吉凶を占う我ら陰陽府の仕事でもあろうが。それにーー」
陰陽府長官のドウマはここでやや声を潜め、
「此度の探索、どうもミカド直々の御指図であるという噂が宮中で流れておるらしい」
「本当ですか」
「知らぬ。だが事実ならば他所に出された勅令を勝手に承ける訳にはいかぬ。監察も監察じゃ、そのような畏れ多い事、露見すれば只では済まぬというに。だが今問題なのはそこではない。牛の首を持つ女の噂が真であればーー」
「『くだん』、ですかーー」
ヤスナリの表情も、その語を発する際には目に見えて曇った。
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