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「すべてを忘れさせてくれたって構いません」
カヨは、涙ぐみながら目の前に座っている少年に懇願していた。
時間をさかのぼること1日前。カヨは、通りかかったビルの壁にチラシがひっそりと貼られていたことに気が付いた。そこには、「忘れたい記憶を忘れさせます」と書いてあり、気になる人は2階までと必要最低限の情報しか載せていない。
カヨは、怪しげに思えてきたビルの2階を見上げた。カーテンが閉められており、今誰かいるようには思えなかった。けれど、カヨは藁にも縋る想いを持っていた。
意を決して、カヨは2階へと昇りドアの目の前までやってきた。ドアの前に来ても、誰かがいる気配はない。ドアノブに手をかけてみると、すんなりとあいてしまった。
ガチャっという鈍い音がコンクリートのビルに響く。ゆっくりとドアを開けて、中の様子をうかがった。誰もいないと思っていたカヨだったが、ふとコツコツと足音が聞こえてくる。中にあったドアが開いて、ひょこっと姿を見せたのは12歳くらいの少年だった。
「お客さんかな?初めまして、僕はアルク。あなたのお願い聞きますよ」
少年が喋ると、驚いたことにずいぶんと落ち着いていた。彼は、本当に12才だろうかとカヨは思った。
少年は玄関までやってくると、カヨに玄関横にあったスリッパを差し出す。
「どうぞ、中に入ってください。話は中で聞かせてくださいますか」
いまだにポツンと突っ立っているカヨを気にもせず、少年はゆっくりと開きっぱなしのドアの方へと歩いて行った。姿が見えなくなると、カヨはハッとして靴をそろえてスリッパに足をいれる。
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