1、中央営業所の素敵な運転士ライフ。

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 バス運転士の仕事はブラックだ――なんて言う人がいるけれど、俺は違うと思っている。  確かに拘束時間が十六時間ギリギリだったり、解放が八時間しかなかったり――なんて事は普通にある。  給料だって労働時間に釣り合わずひどく安い。  他の業種に比べればひどい労働条件なのかもしれない。  でも、バスの運転士は基本的に自分のダイヤが終わればすぐに帰れるし、一日中大きなバスを運転し、接客をするので電話に出たり、パソコンで作業――なんてこともない。  他の運転士を指導する立場の指導運転士なんかは、事故防止の活動をするために日勤でパソコンを使って作業したりするらしいが、指導さんはそう簡単に成れるものではないので俺には無縁な話。  それに俺がバスの運転士として働いている多摩産業バス中央営業所という巨大営業所は、残業――増務や、休日出勤――公出をすればきちんとその分の時間外手当は一分単位で出るし、それをしたくないのであれば断ることだってできる。  有給休暇――年休だってよほどのことがなければ取れない日なんかないし、毎年きちんと支給だってされる。  他社はどうか知らない。  けれど、うちの会社は色々とくそだが、そういう労働と賃金的なところはきちんとしている。  だから、運転するのが好きな俺はこの仕事が嫌いじゃない。  逆に事務系の仕事は向いてないとわかっているしな。  だけれど――。 『――実籾さん、状況はどうだい?』 「ダメっぽいですね、運賃機……」 『とりあえず了解。そうか、困ったな……』  手にしているスマホからは、そんなひどく参ったような運行管理者の声が聞こえてきた。  そして、それを嘲笑うかのように、断続的に金属の擦れる嫌な音が俺のすぐ脇から聞こえてくる。  俺が座る運転席のすぐ左脇にある運賃機。  最近導入されたものなのだが、先程から小銭か何かが詰まっているのか、それともただ単に機械的な故障なのかはわからないけれど、断続的に嫌な金属音が聞こえてきていた。  それに加えて受付中止と真っ赤な字で表示されて一ミリも使えない。  本社のすぐ側にある車庫での休憩はもうすぐ終わり。  時刻は十二時五十分を回ったところで。  奇しくも一般のサラリーマンの休憩時間と被っていた。  まもなく午後の運転がスタートである。
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