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あの嵐の夜、いつものように男は部屋に忍入り、怯えて壁の隅にへばり付くように逃げた楓をまるでその嵐のように引きずり、殴り、そして抵抗できなくなった楓に
「お前は可愛い、可愛い私のお人形さんや」
と、パジャマを脱がせた。
その目はいつものように狂喜に染まり、その手はまるで自分のつけた痣を慈しむかのように撫でる。
「……やめて……」
楓のか細い声は闇に飲み込まれ、男に届かない。心の中で何度も拒絶の言葉を叫び、楓は枕元に隠しておいた包丁を探る。手にしたそれを見て男は
「そんなもの……」
と、嘲笑う。
もう訳が分からなくて、ただその目から逃れたくて、何度も何度も男に『それ』を突き刺した。決して殺そうと思った訳ではない。いや、どこかで男が死んでもいいと思っていたのかもしれない。
包丁が真っ赤に染まり自分の手が真っ赤に血塗られ我に返った楓は、叫び声をあげながら逃げ出した。咄嗟にそこにある上着を掴んだのは、無意識のうちに浴びた真っ赤な血を隠すためだったのか。
父親だった。
聖人君子のように崇められている、父親だった。
「あんな奴、死ねばよかったのに……」
柊はそっと楓を抱き締める。
「楓、それは違う。それやったらあかんのや」
まるで小さい子どもに言い聞かせるかのように柊は囁いた。身を固くして見えない呪縛に足掻いている、楓に。
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