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カランッ
穏やかな音が鳴り響く。
「いらっしゃ……あっ、市合さんっ」
楓の明るい元気な言葉に迎えられ、市合は満面に笑みを浮かべた。ドアを手で押えたままの市合を怪訝そうにみつめ、後から入ってきた華奢な女性と、その腕に抱かれた小さな小さな赤ん坊を見て、楓の顔に優しい笑みが広がる。
「その子っ、市合さんの息子の灯くん、だよね?」
うわぁ、可愛い。と歓声を上げて近寄る楓に、
「楓、そんなんやったら赤ちゃんびっくりするやろが?」
おしぼりと水を用意しながら柾は楓を窘める。灯はそんなことに一切動じる様子もなく、反対に楓の顔を見てキャッキャッと笑う。市合夫妻の優しい目が楓に安堵をもたらす。
自分には優しい、無条件の愛情を注いでくれる親はいなかったが、柊と柾という兄達がいる。自分の父親の命を自分の意思で奪ってしまったが、まるで後悔はない。
灯。
その名のとおり、楓をも照らしてくれた。
市合が少し痛ましい目で自分を見たことに気付いた楓は、にっこり笑って告げる。
「柊兄、今度はニューヨークの現代を撮るんや、とか言って朝早くに出かけたん。なんかわけわからんやろ?」
小首を傾げる楓がまるでリスのようで、市合は思わず噴出した。
「……なんでぇ、なんか俺のことで爆笑してるし。なんか、むかつく……かも」
「ほら、楓、コーヒー運んでや」
ぶつぶつ言いながらも素直に運ぶ姿に、柾は笑みをこぼす。柾目当ての女性客が、偶然目にした柾の笑顔に黄色い声を上げたが、まるで気にもとめず安堵のため息をそっとつく。
あの時楓が選んだのは、壊れてしまった家族の命ではなく、新しくできた家族の命だった。
自分には縁のなかったものに憬れたのかもしれないが、何度も聞き直した柊と柾にきっぱりと
「俺、市合さんの家族の幸せをみたい」
と告げた。
誰一人として死なない世界になればいい。大切な大切な人の命を奪う時、柊が呟いた言葉。
市合至上という、最大の理解者で、家族のいなかった柊の、始めての家族の命が尽きた時。まだ幼かった市合の耳に、いつまでも消えることなく残った、言葉。
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