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「誰もこんわ、閑古鳥や」
柾は沸いたお湯をマグカップに注ぎながら、言葉少なに返した。辺りにココアの甘く懐かしい匂いが広がる。
「しかし、誰か来たからこそココアを入れるのではないですか?」
「これか?」
柾はマグカップを少し掲げて聞き返し、片頬をあげて
「仕事終わったら俺が飲むんや?猫舌やからな、後片付けする前に入れて、店の鍵かけてからゆっくり飲むんが俺のささやかな楽しみや。わかったらとっとと出てってや」
いかにも招かざる客とばかりに語気を強めて追い払う。男達はさすがに諦めたのか、
「失礼しました」
ときちんと一礼し、ドアを静かに閉めた。柾は鍵を締め店の電気を落としてから、ココアを片手に奥のドアを開ける。
「行ったで。ほら、暖まるからゆっくり飲み」
そこにうずくまったままの少年は、震える手でマグカップを握りしめそっと口を付ける。
「……おいし……」
ホッと息をつき、呟く。
「おまえ、名前なんていうんや?」
「……か、楓……」
少年は身を震わせためらうように名前を口にする。
「楓、か。……おまえがなあ」
柾は最後は呟くように、楓に聞こえないように口にした。
「で、なにあったんや?」
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