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 静かな部屋にクリックの音が響く。膨大な数の投稿作品の中に金の卵はないかと、今日も下読みの日々だ。  私は、ウェブ小説サイトに関わる仕事をしている。日本でも指折りの大手出版社の傘下――と書けば聞こえは良いが要するに買収されたのだが――の会社に属する契約社員。ネット環境さえ整っていれば可能な在宅ワークに従事する、俗に言う非正規雇用社員である。何度か説明をしたのだが、義母は理解しているのかどうなのか。近所の老人を家に招いては、「うちの婿はK社に勤めてるのよお」と勝ち誇ったように甲高い声で笑う。こんな北関東の片田舎に住み、昼間に目撃されることの多い私が勝ち組なわけがないだろうがと、私はそのたびに心の中で毒づいている。  「敷地内同居」というのだそうだ。親の敷地内に親世帯、子世帯、別々に家を建てて暮らす。ハウスメーカーは、それがあたかも快適であるかのように言っていたが、そういえばあの営業マンは指輪をしていなかった。彼にどこまでの想像力があったのか、今となっては後の祭りだ。ため息が出た。階下で嫁の大きな声がする。小さな窓から見上げる空は、今日も高い。
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