9/9
前へ
/394ページ
次へ
「・・・好きではなくなったのに、付き合い続ける方が余程酷いと、僕は思います」  慰めてくれているのだろうか。  実際のところ塵ほども未練は無くて清々しい気持ちなのだけど、彼は別れは常に辛いものと解釈しているようだ。  瞳が見えなくても下唇を少し噛んで眉を寄せて下げている表情は泣きそうに見えた。  君が泣くことではないのに。感受性が豊かで優しい子なんだなと思った。 「ごめんね。俺のつまらない身の上話をしてしまって」 「つまらなくはないです。話し相手がいない方がつまりません」  どこか飄々としているように見えていたが、話す言葉に親身の耳を傾けて聞いてくれるものだから、つい色々なことを話してしまった。  いつも聞き役になることが多いからこんな風に自分のことを話すのは久しぶりだった。  唯一何でも気兼ねなく話せる親友の彼は、何でも話せる相手ではあるが、彼の性格から親身にじっくり聞いてくれるということはない。聞いてはいるが興味がある部分にしか反応を示さない。  それなのに何故親友でいられるのかと言われれば、彼はそんな感じで裏表が無いはっきりした性格だからだ。  こちらに気を使うこともないがそれを求めてくることもない。取り繕うこともせずに嫌なことは言葉と態度に出してくれる。表面上いい顔をして話を合わせられるよりも気持ちが良い。  口調が荒々しいところがあるがそれは慣れてしまった。 「長居をしてしまったかな。仕事の邪魔をしてしまっていたらごめんね。妹にこれを一つ買って行こうかな」 「ありがとうございます。僕も退屈せずに済みました」 不思議と居心地が良くていつまでもいてしまいそうだったので、香水を一つ買って帰った。  それから何日か。いつからか通うように彼のお店へ行くようになっていた。  商品が香水なので毎回買うわけにはいかなかったが、それでも彼は態度を変えず自分の話を聞いてくれた。そして時々、新しく作っている香水の出来具合を話してくれた。  しかしある日突然、何の前触れも無く彼はいなくなってしまった。 体調が悪くて休むことだってあるだろうと二日に一回から気になって、毎日その場所に訪れてみたが一度も姿を見ることはなかった。  頭に過ぎる嫌な事件記憶を振り払うように頭を振った。きっと大丈夫だ。何か事件性があることが起きたなら新聞や町でそういう話が出ているはずだ。  彼は新しい香水を作っている最中だと言っていた。そちらに集中する為にお店を休みにしているだけに違いない。そうだと願いたい。
/394ページ

最初のコメントを投稿しよう!

466人が本棚に入れています
本棚に追加