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「いい香りがするね」  風に乗ってどこからともなく鼻を擽った香りにラズールがそう言うと、隣を歩いていた恋人のシェリーが頬を染めて恥ずかしげに目を伏せた。  自分のことを言われたのだと彼女は勘違いしたようだ。ラズールはそれに気付かず香りの出所を探すように辺りを見回した。  決して強く匂ってくるわけではなく、風が吹いた時に仄かに柔らかく香ってくる。  どこかのお店から香っているのだろうか。それとも誰かが付けているものなのだろうか。  以前シェリーに連れられて行った香水屋はもっと香りが入り交じっていて良い匂いを通り越して長くいると頭痛がしそうだった。そんな感じでは無い。もっと優しい香りだ。  侯爵家の息子であるラズールは、幼少期から相応の教育を受けてきたので大人になった今では意識せずとも女性を優先することを覚えていた。段差があれば手を差し出すし、お店に入るならドアを開けて先に女性を中へ促す。強い風が吹くなら女性の髪型が乱れぬように風上に立つ、そのラズールが、幼子が蝶を追い掛けて行くように、隣にいた自身を忘れて一人で歩き出したのを見てシェリーは伏せた目を大きく開けて驚いた。  そして驚いてから、信じられないと眉をつり上げ恐い顔でラズールの背中を睨んでいた。  ラズールの灰色(かいしょく)の髪が太陽の光を浴びて銀糸のように輝いて煌めくのを周囲の女性はうっとりとした目で見詰めている。そんな視線の間に割り込むように、ラズールに追い付いたシェリーは腕を絡ませてその足を止めるように強く引いた。  振り向いて今日の晴れ渡る空と同じ色をした瞳が自身の存在を思い出したように見開いたのを見て、シェリーは余計に機嫌を悪くした。デート中だというのに完全に忘れ去られていたのでは面白くない。 「急に置いていかないでよ、もう!」 「ごめん、ちょっと夢中になってしまっていたよ。だけどほら、そこに小さな香水屋を見付けたんだ」  ラズールは視線の先を指指した。
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