4/9
前へ
/394ページ
次へ
 並んだ小瓶はどれも透明で同じ形をしていたが、一つ一つに手書きのタグが付いていた。  手に取ったそれには数字の1が書いてあった。  てっきり香りの名前が書いてある物だと思ったが違っていた。嗅ぐまではどんな香りか分からないのは面白いなと思って小瓶の蓋を取って空気へ一吹きしてみた。  優しい花の香りがした。これはリリーの花だろうか。  隣の物には数字の2のタグが付いていた。識別する為だけに付けられているようだ。  同じようにしてみると、今度は先程よりも少しはっきりとしたリンゴの香りがした。もう一吹きしてみると果汁を感じて美味しそうな匂いが強くなった。  その隣はフレッシュなレモンの香り、その隣は―――。  どれも甘ったるくはない控え目で優しい香り付けだった。恐らくこれを付けている女性がいたら何かいい匂いがする。何の香りだろうかと抱き締めて確認してしまいたくなるような。  素敵な香りに浸っていると、離れて見ていたシェリーが近付いてきて、徐に少年に言った。 「貴方それで前が見えているの?さっきから目を開けないけれど」  確かに眠っているわけでもないのだからずっと目を閉じているのは不自然で気にはなるが、何か目を患っているとかそういうことは考えないのだろうかと最早不信感しか抱かない。  彼女の非礼を詫びようとしたが彼の方が口を開くのが早かった。 「目付きが悪いと言われがちなので。対面商売なので目を瞑っていないとお客さんに寄って来てもらえませんからこうしています。それだけです」 「え?何ですって?」  早口を聞き取れなかったシェリーが聞き返したが返事はなかった。  その態度にいい加減頭がきたようで早く立ち去りましょうとシェリーがラズールの腕を引いたがラズールは動かなかった。 「女性向けの香りばかりで、男性向けの物は今考案中でここにはありませんがどうでしょうか。プレゼント用として購入して頂けるのでしたらきちんと包装した物を用意します」 「じゃあプレゼント用にこの1番の香水を貰おうかな」 「ありがとうございます。用意致しますので少々お待ち下さい」  後ろを向いて箱をゴソゴソとしていた彼は十秒もせずに振り返った。  立ち上がって差し出してきた手には袋が乗っていた。予めラッピングしてあった物のようで準備の手間が無かったようだ。  立ち上がるとシェリーよりも背が低かった。女性はヒールの高い靴を履いているので実際には同じくらいの身長かもしれないが。  彼に合わせるように近付いて、その手から袋を受け取ろうとした。彼の方も気配で身長差に気付いたのかその手を軽く上に上げた時、ふわりと鼻先を掠めたのは香水ではない匂いだった。 ここにあるどの香水よりも惹かれるその匂いはオメガのフェロモンだった。
/394ページ

最初のコメントを投稿しよう!

466人が本棚に入れています
本棚に追加