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 珍しい。  ここ最近は町中ではあまりオメガを見掛けることがなかった。皆自分の身を守る為に家に篭もってしまっているのだろう。  数が少ないというのにバース性の最下層に位置付けられたオメガはどこの国でも町でも不当に扱われることが多い。それは結局のところベータの数が最も多く、彼らが自分の地位を確保する為にやっているのだ。  実際運動能力がやや劣るもののベータにもそういう人間はいる。発情期があるか無いかだけの差に思っているが、オメガの彼らからしたらそれが最も大変なことであるのも事実だ。  数ヶ月に何日か性欲に支配される日があるというのはどれ程辛いのだろうか。その上その発情フェロモンはベータもアルファも引き寄せてしまう。人前で発情しようものなら寄って集って犯されてしまう危険がある。発情しているその時は性欲を満たせていいのかもしれないが、理性が戻ってきた時に、好きでもない相手と身体を交えてしまったという現実に途方に暮れたり、もしかしたらそれを受け止めきれずに自死を選んでしまう者だっているのかもしれない。  最近あったあの事件の被害者のオメガもそう思っているかもしれない。 あ の判決は酷いものだったとラズールは今でも思っていた。  アルファの男性がオメガの少年を強姦したという事件。  司法はオメガの少年が発情フェロモンでアルファの男性を惑わせたので過失は寧ろオメガの少年にあって、アルファの男性は被害者であるとした。  しかし後でラズールが警察(ヤード)によくよく話を聞けば、少年はまだ洗礼を受けていなかったという。洗礼を受けておらず大人になっていないオメガはまだ発情期が来ていないはずだった。加えて子供のオメガフェロモンはアルファであってもそこまで感じ取れるものでもない。感じ取ってもアルファが理性を飛ばす程のものではない。  どう考えても男性の性癖が起こした事件だ。被害者の少年が偶々オメガだっただけ。  オメガの社会的地位が低いこと、アルファの社会的地位が高いことそれだけで事件の全容を見る気など全くなかったのだろう。  この町の秩序を担うキルシュ侯爵であれば司法がおかしければ裁判をやり直すことを命じられるのだが、生憎その数日間、ラズールの父であるブレイヴァルは用事で別の町にいたのでどうすることも出来なかった。  少年にとって悪夢であって欲しかっただろうがそれは現実だった。
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