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この子は大丈夫だろうか。香水の匂いで上手くオメガのフェロモンは隠れているがこうして近付けばやはり分かってしまう。今日初めて会った知らぬ子とはいえ気になってしまう。
「お店はいつもここに出しているのかな?」
「この場所に二日に一度。陽が沈む前には閉めています。ありがとうございました、またご来店頂けたらむぐっ!」
変わらず早い口調だなぁと感心していると「痛い・・・」と囁くような声が聞えて小さな舌を覗かせた。どうやらその喋り方の所為で舌を噛んでしまったようだ。
熱い物に触れてしまった時のように舌を空気に触れさせているがそれでそのヒリつきは治らないのでは?と思わず笑ってしまった。
「っ、大丈夫?そんなに焦って喋らなくても良いんじゃないかな」
異論は無いようでコクコクと頭を頷いていた。
袋を受け取って、お代を手に乗せると座っていた時のように綺麗なお辞儀をした。
「また来るよ」
最後にそう声を掛けて三歩程下がったところで機嫌悪そうに待っていたシェリーの元へ行って買ったばかりの香水をプレゼントした。
「待たせてしまってごめんね。観劇の時間には間に合うから行こうか」
これが彼女との最後のデートになるからといって適当に済ませてしまうのは違うだろう。
手を差し伸べると不本意といった顔ではあったが握り返して来た。
「ど、どうして?私が何かしてしまったなら謝るわ!だから別れるなんて、そんな・・・冗談よね?」
途中良くない雰囲気はあったものの、観劇の後は機嫌を直していていつもと変わらないデートに収まっていただけに、別れ際の俺の言葉はシェリーにとってはスカーバラ予告のようなものだっただろう。
驚いて取り乱すのも無理はないとラズールは落ち着いて彼女を見ていた。
家まで送り届けて「今日は楽しかったわ」という彼女に「今日で俺達の関係は終わりにしよう」と言った。
段々連絡を少なくして合う回数を減らしてフェードアウトしていくようなやり方はしない。こちらには未練がないのだからはっきり別れの言葉を伝えて関係を断ち切るのが相手にも最善だと思っていた。
早く別れればそれだけ相手の女性が新しい恋人に出会えるのも早くなる。あっさりとした別れだと思われても仕方ない。そのくらいの方が相手だって引き摺ることはない。
「俺はそんな冗談は言わないよ」
泣き縋ってくる彼女を宥めつつも離れてしまった気持ちはもう戻ることはないと言った。
今までで一番長く恋人でいられた相手だった。それなりに好きや愛しいという感情が芽生えていたのだと思っていたがこうしてみると愛情というよりは同情や人情が勝っていたのだなと実感した。
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