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「ののわっ!」 何とも珍妙な声を上げて医者は腰を抜かした。その間に黒い煙は完全に人の形となっていた。全身に黒いタイツを付け、耳はコウモリの羽、その耳まで割けた口にはびっしりと生えた犬歯、そこから出る尖った舌、天狗猿を思わせる赤く膨らんだ鼻、狂犬病の犬を思わせる目、背中には耳と同じコウモリの羽、股からにゅるんと出るのは鰻の様に長くつややかな尾。わかりやすいテンプレートの悪魔の外見そのものであった。 「私は死神です」 悪魔ではなく死神だった。医者としてはどちらでも怖いことに変わりはない。腰を抜かして医局から逃げようと四つん這いで這っていた。 「待て」 死神は医者を止めた。医者はその声で全身が縮み上がり動けなくなる。パソコンの上でおすわりをする犬の様に座っていた死神はふわぁりと飛び、医者の前に舞い降りた。直立不動の体勢でぴんと立ちぱちぱちと拍手をした。 「おめでとうございます! キルカウント100を達成致しました!」 「はぁ?」 「医者生活30年、あなたは殺しに殺したその人数100人! それを記念しまして……」 外見の割に妙に丁寧に喋る死神に対して引っかかる事はあったが今はそんな事はどうでもいい。医者には言いたいことがあった。 「私は人殺しなんかしていない」 「いえいえ。あなたが担当した患者が100人亡くなってますのでそのご褒美を!」 「人が死んでご褒美とはなんと不謹慎なんだ」 「ははは、死神に限らず神と名のつく者は気まぐれなんですよ」と、言いながら死神はどこからか巻物を出した。死神は巻物を広げてそこに書かれた名前を読み上げていく、医者はその名前全てに聞き覚えがあった。自分がこれまで担当してきて亡くなった患者達の名前である。そして最後に先程亡くなったばかりの患者の名前を言ったところで「こいつ、本物だ」と言う確信を得た。 「先ほどの患者であなたが最期を看取った患者は100人! 30年の医者生活でこれは少ない方なのかな? 多い方なのかな?」 「知らん!」 医者はこの余りに不謹慎な質問に答える気はサラサラ無かった。一人亡くなるだけでも多くの人間が悲しみに包まれることをよく知っていただけにこの質問は許せるものではない。
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