1パウンドずつ

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1パウンドずつ

「パウンドケーキはね、簡単なんだよ。」 「え? なんで?」 「パウンドケーキは、小麦粉もバターも砂糖も、1パウンドずつ混ぜるの。だから、パウンドケーキ。覚えやすいでしょ? 」 そう言って、にっこりと笑う美沙ちゃんは、私の憧れの人だった。 21年前の今日、私は「立花 ひかり」として、ここに産まれた。 お隣に住んでいた美沙ちゃんは、私に会うために、家に遊びに来るようになったらしい。 「1パウンドってなに? 」 「たしか、450gくらいかなー。」 「ええ、わすれちゃうよ。おぼえにくい。」 「うーん。外国の単位だからねー。」 「どこの国? 」 「それはわかんないなぁ。」 私が笑うようになって、立つようになって、話すようになって。まぁ、そのへんの記憶はないけど。 私が1人でおつかいに行けるようになった頃から、私が美沙ちゃんの家に行くことが多くなったらしい。 「1パウンドずつ測るのは面倒だから、今日は100gで作りまーす。」 「え、そんなにすくないの? 」 「私とひーちゃんしか食べないからねー。それに、お夕ご飯食べられないと、ひーちゃんママに怒られちゃうよ? 」 「やだー! 」 「でしょー? 」 美沙ちゃんは、お菓子を作るのが上手だった。 初めて一緒に作ったのは、確か小学生の時。 美沙ちゃんは、高校2年生だった。 「全部100gずつなら、ひーちゃんも覚えられるでしょ? 」 「うーん、わかんないけど、さっきよりはおぼえられると思う。」 「でしょ? じゃあ、ここに卵わってくださーい。」 「え! たまごもいれるの!? 」 「うん、あとベーキングパウダーも少しいれるよー。」 「おおいよー! やっぱりおぼえらんない! あと、たまごとその粉のやつ、100グラムじゃないじゃん! 」 「あはは! たしかに! ひーちゃんは頭がいいねー? 」 笑いながら、美沙ちゃんは私と一緒に沢山お菓子を作ってくれた。 1番最初は、パウンドケーキ。 型抜きクッキー。 シフォンケーキ。 ガトーショコラ。 パンナコッタ。 レアチーズケーキ。 フォンダンショコラ。 マカロンとシュークリームだけは、何回も作ったのに1回も上手くいかなかったなぁ。 「みさちゃん! ひーもそれやりたい! 」 「これはだめ! ひー怪我しちゃうよ! 」 「なんでーー! 」 「あっついから! もっと大きくなったらね? 」 「ひー今日でおっきくなったよ! 」 「え? あ、そっか! お誕生日だもんね! 」 「そーだよ! おっきくなったからいいでしょ? 」 「だーめっ。ひーちゃんが中学校はいったらねー。」 「ええー、ちゅうがくー? 」 「そう! あと5回、お誕生日がきたらかなー? 」 焼く工程は、結局中学どころか高校に入ってもさせてくれなかった。 火傷するよ、危ないよって。 もうそんな歳じゃないのに。 今でも、火傷しないでね気をつけてね、なんて言う。 私、20歳過ぎたんだけどなぁ。 「うわー! おいしそう! 」 「あとは冷やして完成だよー。ひーちゃんのお誕生会に間に合ったね!」 「いい匂いー! 」 「味見する? 」 「する!! 」 「はい、あーん。」 そう言って、いつも出来たての端っこを切って口に入れてくれた。 あったかい出来たての端っこを2人で半分こするのが、1番美味しかった。 私も、目の前にあるパウンドケーキの端っこを切り落として口に入れる。 まだ温かくて、ふんわりとした甘さとバターの香りがいっぱいに広がる。 もう、材料を測るのも、混ぜるのも、焼くのだって、1人でできる。 サービスのつもりで、少し分厚くパウンドケーキを切って。 透明な袋に入れて、赤いリボンでラッピングして。 中学・高校の時のバレンタインデー前は、美沙ちゃんと一緒にこんなのを大量に作ったなぁなんて。 少し懐かしくなった。
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