100数えたら

4/4
前へ
/4ページ
次へ
 数えるたびに、それが少しずつ、浮き出ていきます。湯船に浮かぶ髪の毛が、触れそうで、思わず身をよじりました。 「きゅ。じゅ、ろく、きゅじゅ、なな」  それが人の頭であることは明らかでした。 「きゅうじゅ、は、ち」  もう少しで。 「きゅうじゅ、きゅ」  あと、ほんの少しで、それの目が見えそうでした。  その途端、全身を悪漢が走り、「おかあさーん!!」と、叫びながら湯船から飛び出しました。急いで風呂場から出ると、外に母の姿がありません。どういうことかと濡れたまま呆けていると、祖母がやってきて言いました。 「何しとるがね、大声出して。お母さんは町内の集まりだろうが」  祖母は濡れたままの私の頭を、タオルで拭いてくれました。  そうです。  この日母は、町内会の集まりで父と出かけて、家には祖母と私の二人きりでした。  湯船から出てこようとした女と、風呂場の外にいた母さんの真似をした誰かが何だったのか、今でも分かりません。  ただあの時、あいつらは私に100まで数えさせようとしているようでした。  湯船に浸かったまま、100数えていたら。  そう思うと、大人になった今でも、湯船にゆっくり浸かれないのです。  湯船から何か、出てくる気がして。      
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加