唐揚げが食べたい

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唐揚げが食べたい

平日の昼下がり、無性に唐揚げが食べたくなった俺は近所の定食屋へ行くことに決め、ポケットに財布とスマホだけを詰め込んで店へとやってきた。扉にはかきぞめ半紙に大きく「りん時体業」と汚い字で読めない言葉が書いてある。何を伝えたいのか疑問に思いつつ無視して扉を開けた。時間も二時と昼時のピークは過ぎているし何より平日。有名なシェフがいるわけでも、星を獲得しているわけでも、映えるわけでもないこの店はかわいそうなぐらい空いていた。席を案内する店員も来ず、適当に席に着くと俺に気づいた青年が出てきた。 「唐揚げ定食」 メニュー表も開かずに注文した。 「唐揚げ定食をひとつ。以上でよろしいでしょうか!」 無駄に声を張り上げる青年に耳を塞ぎつつ頷く。 「唐揚げ定食ひとつ入りました!!!」 地球の裏側にまで聞こえるんじゃないかってほどに叫んだ。煩い。厨房に居た店主は大声に驚いた様子を見せたが手を挙げて頷いた。そのまま厨房へと引っ込むかと思った青年はとなりの椅子を引いて座ってきて、スマホへと伸ばした手が止まる。なんだ? 「お兄さんはニートですか?」 急に失礼なことを言い出した。 「普通に会社員だよ。今日は休み」 言いながらスマホを掴む。 「会社員っすか、俺はフリーの仕事をしてんすよ」 フリーの仕事ってフリーターだろ。なにちょっとかっこよく見せようと思ってるんだ。 「俺はカツ丼!」 青年は手を挙げて叫ぶと、厨房の店主が手を挙げて応えた。どゆうこと!?こいつ店員じゃないの?フリーのアルバイターじゃないの? 「俺カツ丼好きなんすよ。まあ好きって言っても大好きなのはカレーなんすけど」 だったらカレーを食べればいいだろう。どうしよう変なのに絡まれた。宇宙人か。 「お兄さんは犬派っすか?」 なんの話!?食べ物の話が続いてるのか?だったら答えはNOだ。俺は中華民放出身ではない、日本に住んでいても鯨もイルカも食べないが。犬派か猫派の話に飛躍したならば答えはYESだ。どう答えるのが正解なんだ。これは何かの罠なのか!? 「えぇと。犬は食べないけど、犬が好きだよ」 「あははは!犬を食べる人間がいるわけ無いじゃないっすか。何言ってんすか」 ケタケタ笑う青年。後者だったのか!話が飛躍しすぎてわけわからん!早く唐揚げ定食来ないかな。さっさと食べてこの謎の人物の元から離れたい! 「お兄さんは……って、お兄さんていうよりおじさん?おじさんか?年齢幾つっすか?」 そこはお兄さんで統一しとけばいいんだよ君! 「33。君よりもずいぶん上だろう」 青年は高校生ぽくみえるが、フリーのアルバイターならもう少し上か? 「30代かー、じゃあお兄ちゃん呼びだな」 「なんで!!?」 思わず突っ込んだ。 「20代がお兄さんで、40代がおじさん…30代は間をとってお兄ちゃんじゃね?」 意味が分からない!最近の若いもんはこうなの!? 「唐揚げ定食お待たせしました」 妙に厳かな口調で青年の声に手を挙げていた店主が、唐揚げ定食を俺の前に出してきた。 「いただきます」 妙にかしこまって俺はそれを受け取った。暖かい湯気があがる美味しそうなつやつやのごはん。からっときつね色に上げられた唐揚げの横には好きなタレをつけるように3種類のタレが並んでいた。醤油マヨ、ガーリックソース、レモン。サラダはみずみずしく、汁物は豚汁だ。これは嬉しい。漬物には浅漬けが付いている。 「どうもっす」 青年の手が伸びて唐揚げを奪うと大口を開けてもごもご食べる。 「何してんの!?何やってるの!?」 慌てて俺は御膳を自分へと引き寄せ、衝撃で豚汁がこぼれた。 「何って、食ってるんすよ?」 「なんで!?」 「食べ物は食べるものだからですよ」 何言ってんだこいつって目で俺を見てくる青年、わけがわからない行動をしているのはそっちだ。 「これは、俺が注文して俺が金を払って、俺のものになった俺の唐揚げなの。人のもの勝手に取ったら駄目だ!」 「オレオレって。オレオレ詐欺か」 ケタケタ笑いながらさらなる唐揚げを盗もうとする青年。いい加減キレていいだろう俺。 「君には自分の注文したカツ丼があるだろう!」 御膳を持って頭上に上げる。これ以上取られてたまるか! 「はー、ちっさい男だなにいちゃん。分け合うのって大切なことだぜ?」 分け合ってない!一方的にこいつが人のものを食べているだけだ。青年は椅子から立ち上がってさらにひとつ唐揚げを奪った。こいつ!! 「お待たせいたしました。こちらカツ丼でございます」 厳かな口調で店主が近くにやって来ていたこと気づく。俺は少し飛び退きながらも食われてたまるかと、青年の視線がカツ丼へ向いたところを見計らい唐揚げを口に押し込んだ。 「うん。美味そう。…って何やってんすか?お行儀悪いっすよ」 リスのように頬を膨らませた俺を見て青年が顔をしかめる。唐揚げ泥棒のあんたに言われたくない!!!俺はごくんと飲み込んで言ってやろうと口を開いたが、カツ丼を一口食べた青年は頷きながら満面の笑みを浮かべた。 「美味いっす!」 「そう言っていただけてありがとうございます」 いつの間にか店主は俺の向かいに座って、深々と頭を下げた。何が起こっているのかよくわからない。 「にいちゃんも美味しいと思うだろう!」 自分のことのように自慢する青年に気圧されながらも頷いた。たしかに美味しい。 「これならいいかな。うん、君をここの料理長として認めよう」 「ありがとうございます!」 え。なにこれ。どうして店主らしき中年のおじさんが、フリーのアルバイターらしい青年に頭を下げているの??意味がわからずぽかんと口を開けていると青年が熱々のカツを入れてきた。 「あづいっ!」 口を押さえて悶絶する俺を見て青年はケタケタ笑う。 「死に際の虫みたいっすね!」 こいつっ!!俺はカツを飲み込んだ。熱いが美味い! 「よしにいちゃん。この残りをあんたにやるぜ」 「ふぇ?」 口がひりひりするのを水を飲むことで中和した。 「もしよかったらデザートも食べてください。この人デザートも美味かったんで」 笑いながら料理長の肩を叩く青年。 「今日は俺の奢りっすよ!とことん食べてください」 俺はぽかんと口を開けた、青年が再びカツを箸で持ったので慌てて口を押えた。 「お客さん。外の張り紙見なかったですか?」 料理長に言われて張り紙のことを思い出す。でも日本語であって日本語でないあれを解読することは俺には不可能だった。 「臨時休業って書いてあったでしょう」 臨時休業!?あれで!?りんの漢字が分からなくてひらがななのは理解したが、休業とぐらいちゃんと書け!横棒一本多いぞ! 「漢字分からないなら調べようよ!」 「俺思うんす。スマホで直ぐに調べて情報を得るのは簡単すけど、本当にそれでいいのかって、現代、情報が溢れていてどれが本当かしっかり見定める能力が問われているんじゃないかって」 「それとこれは関係ないだろ」 この青年大丈夫か。いいや大丈夫じゃない。 「今のでわかった通り」 料理長も何言ってるの、俺まだ何も分かってない。 「今日は採用試験の日で、この店は休業していたんだ。この方は面接官さんだ」 めんせつ??この中年料理長が就活で、フリーの青年が面接官??え?いやでも。 「君、フリーの仕事って?」 「ああ。俺フリーの面接官なんす。面接を仕事にしてて、色んな企業や会社の面接のみを生業としてるんですよ」 へらへら笑う面接官の青年。初めて聞いたぞそんな仕事。まあ確かに面接って大変だ。何人もの人に会わなきゃならないし、興味もない相手のことを聞かなきゃならない。     「これ俺の名刺っす。有能な人は引き抜きとかもしてるっす。何かの縁ですし、ニートのにいちゃんに仕事紹介してやってもいいっすよ」 「俺は会社員だ」 言いながらも名刺を受け取る。面接官 面 節雄 …改名したのか?このために生まれてきたのか?それともハンドルネーム?しかも代表取締役って、社長か!こんなのが社長か!!日本大丈夫か!? 「じゃあ俺、次の仕事があるんで失礼します」 青年は唐揚げをつまんで口に含むと、手を挙げて定食屋を出て行った。俺はしばし呆然として、自分の注文した唐揚げ定食を見た。唐揚げだけが綺麗に無くなっていた。 「何か作りましょうか?」 料理長が聞いてきたけれど、ほぼ手付かずのカツ丼と、唐揚げ定食の山盛りごはん、ふたつの汁物、これ以上食べられる気がしない。唐揚げはひとつしか食べれていない。俺は唐揚げが食べたかったのに!!
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