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ふらりと酒に酔うように、春先の風に煽られたカーテンが揺れた。
頬を撫でる温い風は、勝手なくせに文句の付けようがない程穏やか。
窓を開けるのは僕の趣味ではないけれど、休日の午後にソファで微睡むには存外心地よいかもしれない。
昼食後から読み始めた小説は、文字を追わなくなって暫く経ったように思う。ぼんやりしすぎて覚えていないけれど。
手に馴染むハードカバーに栞を挟み、ローテーブルの上に置いた。
少し寝ようかな、なんて考えながらソファに背を預ける。
ぽすり、左肩に重み。
顔を向けるでもなく、それはずっと左隣でスマホをいじっていた双子の妹だと分かっている。
脱力するみたいに、気が抜けた体。吐息は探るようにゆっくりで、酷く眠そうだ。
高校を卒業した春休み、二人きりのリビング。沈黙を久方ぶりに破ったのは、僕が先だった。
「陸、寝るなら自分の部屋に行った方がいいよ。風邪を引く。」
声を掛けたその言葉に、陸が息だけで笑う気配がする。
次いで彼女はグリグリと、更に頭を押し付けてきた。
「あんただって寝ようとしてたでしょ、空。文句を言われる筋合いはないわ。」
う、と僕は言葉に詰まる。感覚的に互いのことが分かってしまう双子というのは、便利なようで嘘偽り等々が効かなくて困ったものだ。
誤魔化すように左肩に乗った小さな頭を軽く撫でれば、陸の喉が気持ち良さげに鳴る。
猫か。
「春眠暁を覚えず、ってね。朝でさえ寝心地が良いんだから、午後にだって眠くなるよ。」
「使い方合ってんの?それ。」
「いや知らないけど。例えばの話。」
引用雑すぎないか。
ふっ、と口元が緩んだ。
眠いのか、少女の声は気怠げだ。
テンポの覚束ないメトロノームのように、明瞭さは少ない。
それでも穏やかさは等分。
春は、気分を共有しやすくしてくれるから好きだ。
ゆらり、ゆらりと視界の隅で若草色のカーテンが踊る。ステップを操る風に導かれ、優雅に。
ふと思い出したように、肩の力を抜ける瞬間が訪れた。刹那的な予感じみたそれは、僕の心の奥底で安寧を広げる。
それに今、隣にいるのは何より気分が落ち着く少女だ。何を、怖れることがあろうか。
ああ。びっくりする程、平和だ。
気分は夢心地。深く息を吐く。
安寧に身を任せるがまま、僕はゆるりと目を閉じた。
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