その暗黒の世界には

1/1
3人が本棚に入れています
本棚に追加
/10ページ

その暗黒の世界には

 道端に段ボール箱が落ちていた。歩道のいちばん車道側のあたりに。なんの特徴もない段ボール箱。引っ越しのトラックからうっかり一個だけ転がり落ちて、そのまま道端にほったらかしにされているといった雰囲気。  僕はそんな段ボール箱に、なぜか妙に惹きつけられる。箱が開いてしまわないように貼りつけていたらしい粘着テープが剥がれかかっているせいで、段ボール箱の「ふた」が開きかけていたからだ。  五月の太陽が、陽光をさんさんと街へ降り注いでいる。さわやかでまぶしく、若葉の匂いさえ混じった光。そのせいで、開きかかった段ボールの「ふた」の部分は、黒い切れ目のようにも見える。暗黒の世界が少しだけこちらをのぞいているみたいな。  その暗黒の世界にはなにが入れられているのだろう。黒い切れ目もまた、僕をじっと見つめる。  僕は道端に転がる段ボール箱に駆け寄り、剥がれかけの粘着テープを思い切って剥ぎ取る。おそらくは他人のものだから、勝手に箱を開いてはいけないはずだという常識的な考えが僕の頭にちらつくが、そんな考えよりも黒い切れ目の向こう側にひどく興味を惹かれたのだ。  さっそく段ボール箱の「ふた」を開いて中身をたしかめようと、僕は顔を近づけてみる。すると、箱の中から子羊たちが飛び出してきた。  ふわふわもこもこの白い毛で覆われた、顔と手足の黒い子羊たち。段ボール箱の中から次々に飛び出してくる。箱が開くのを待っていたと言わんばかりに勢いよくぴょんと飛び出しては道路の上でメエメエと鳴きはじめる。  ポップコーンが弾けるように一匹がぴょんと飛び出す。するとすぐに、また箱の中から一匹の子羊がぴょんと飛び出してくる。何匹も何十匹も、ふわふわもこもこの白い毛で覆われた子羊たちが箱の中から飛び出す。まるで箱から煙がもくもくと立ち上るように。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!